先制攻撃

 ひょっとしたら何かしてあげれていたのではないかと残念で仕方なかった。折角の小旅行が後ろ髪を引かれながらの帰宅になった。僅か一緒にいたのは5分くらいだったと思うのだが、笑顔と礼儀正しさと、懸命に操る日本語に僕は吸い込まれた。  スリランカという国がどこにあって、どの様な人が暮らしているのか全く知識がない。だからその国の若い女性二人を目の前にしても、どの様に関わっていいのか一瞬分からなかった。ただ、その中の一人が失意のうちに日本を去ることを教えられると、それもわずか1週間後ということを教えられると、何とかしたくなるのが人情だろう。理由を尋ねようと質問攻めを始めた矢先に、かの国の子が「オトウサン、クウキシンデスカ、ツヨイデスネ」と先制攻撃を仕掛けてきた。「好奇心」と訂正して正しい使い方をいつものように教えてあげたのだが、攻撃は功を奏して、僕の質問は答えをほとんど得られないまま終わった。  二人と別れて、牛窓から連れて行った3人と向こうで合流した3人で奈良公園界隈を精力的に観光したり食事をしている時でも、彼女のことが気になった。そこでゆっくりと理由を教えてもらった。  彼女は国でかなりのレベルの日本語を修得していた。今在学している日本の大学は本命の大学の橋渡しみたいな位置づけで、語学を極めるために入学した。ところが日本のその種の大学の授業料は彼女たちからしたらかなりの高額で、ほとんどの子が3つくらいのアルバイトを掛け持ちでこなして授業料を工面している。彼女もその部類だが、体力が少し不足していて(確かにスリムだった)アルバイトが十分に出来ていないらしい。大学はそんな彼女に授業料は大丈夫かと繰り返すばかりらしい。そうした圧迫感がいやで帰国を決めたらしいのだ。  大学が牛窓に近ければ、体を害しない程度のアルバイトくらいしてもらって援助してあげることが出来るのにと残念だった。出会った人を全員助けることは出来ないことは良く分かっているが、経済格差を逆手に取っているような企業や大学の理不尽さをなんとか薄めることが出来たらいいなと思う。僕に孫さんほどの富をくれとは言わないが、1人か2人くらい援助できる余裕があればなあと思う。