階段

 「なんてことでしょう」ってナレーターのわざとらしい声がが流れるほどではない。処方箋の薬を取りに来た老大工さんに発作的に僕が頼んだくらいだから、計画性がない犯行で執行猶予が付きそうだ。今風の建物のように収納を重視して建てた家ではないから、収納場所が極端に少ない。だから家中が雑多で困っていた。ある日ふとリビングで上を見上げると、大きな空間が吹き抜けのまま残っていることに気がついた。そこを倉庫代わりにすればなんとか家中が片づくと、ビフォーアフターファンの僕としては学習の成果を発揮できる機会を作った。  あそこに荷物を置ける空間を作ってとだけ依頼して、後は何もお願いしていない。日数も費用も聞かないし、向こうも確かめようともしない。ある日ふと完成して、ある日ふと請求が来るのだろう。時々材木屋さんが木を運んでくるが立派なものではないから、そして素朴な大工さんだから、不自然な請求はないものと・・・期待している。  その大工さんが珍しく今日、僕の意向を尋ねに来た。それはロフト?屋根裏?物置?に上がる階段の数をいくつにしようかという相談だった。彼が高さから編み出した数は8段ということになったのだが、偶数になってもいいかと念を押されたのだ。僕は偶数でも奇数でも良いのだが、不思議な質問だったので理由を尋ねると、偶数は割り切れるから、嫌う人が多いらしいのだ。当然僕にとっては初耳で、迷信なんか全く気にしない僕にはいらぬ気配りだ。安全で使いよければ何段でもいいですからお任せしますと答えた。  どの世界も外部のものにとっては奥深い価値観が埋もれているのだ。多くの物に接して人生を豊にするチャンスはいくらでもあっただろうに、パチンコ屋の喧騒の中で、喫茶店の薄暗い片隅で時間との消耗戦を挑んだ僕には何も残っていない。偶数で割り切れて何が悪いのかと思うが、今となっては浪費した時間の多さに割り切れぬ思いは残る。