常套手段

 正直、もっと悪い奴は一杯いるだろう。第一、商品として上げたり下げたりしているマスコビ(マス媚び)自身に批判したり断罪したりする権利はない。自分たちが一番の共犯者なのだから。僕なんか寧ろ共犯者として謝っていた作曲家にエールを送りたいくらいだ。今回のことで表舞台に立ったのだから、チャンスとばかりいい作品を発表してもらいたい。 下世話な憶測を薬剤師的にすることを許してもらえるなら、今回のことを以下のように推理する。耳の不自由なサングラスの方が、ゴーストライターは表舞台に立てない何かがあるように感じたと言っているが、僕は彼の目ではないかと思った。僕にとっては、何ら問題のないことだが、いや多くの人にとっても問題ないことなのだが、本人にとってはそれが全てのように感じていたかもしれない。まして18年前というと彼もまだ青春後期と言っていい頃で、自分への執着はかなりあっただろう。会見でも目を伏せる時間が多かったが、それは自身がハンディーと認識している部分を自然に隠したいからだと思った。 思春期には、いやそれ以降も、たとえ大人になっても、自分で受け入れがたい所は持っていて、出来れば隠したいものだ。自分の才能を公にしたくても、遙かにハンディーは隠したいものだ。そうした誰でもが持っている理由で今回のことに甘んじていた彼があるのではないかと思った。  どうでもいいようなことをいつものように飯の食いっぷちにしているマスコビの厚顔さの裏に、僕はもっと不快な想像をしている。今回の過剰報道は、日本の真ん中の選挙で、原発が話題になったり、アッチイケイと言うテレビ局のお友達のグループの食べ放題、いや好き放題を隠すための大騒ぎだと疑っている。とるに足らないミスで、とるに足る巨悪を覆い隠そうとする常套手段だと思っている。