確かにあの頃は今以上に僕の漢方薬の実力がなかったから仕方ないのかもしれないが、鼻であしらわれたらそれなりにプライドは傷つく。だから20年以上の前のことが鮮明に記憶に刻まれていて、時々ふとした切っ掛けで蘇ってくる。ただそれで僕が何らかの衝動に駆られることは勿論なく、頭から一瞬で消え去るのだが、昨日やっとこれで永久に思い出さないだろうと言う状況が生まれた。思えば長い歳月がかかったが、恐らくその女性のもっとも健康だった日々が終わったって事なのだろう  僕は今も昔も、商品をこちらから勧めるようなことをしない。相談されて初めて僕の薬局は必要な薬を手渡す。簡単に言えば、物売りがいやなのだ。売るためのトークをしなければならないのならこの仕事をしていない。健康を取り戻すのに役に立てるものを提供しているだけだ。それも徹底して要求に沿ってだ。  恐らく20年も前のことだと思うが、この女性に要求されて何か処方を決め漢方薬を作ろうとしたのだと思う。その時その女性が鼻で笑って人を馬鹿にしたような顔をした。当時の実力が今の僕の半分もあったのかどうか分からないが、鼻で笑われたのは後にも先にもその人だけだった。だからかなり僕はその時のその女性の印象が忘れられなくて、ふとした切っ掛けで思い出すことがあった。そしてその時の不快な思いを解決する唯一の方法は、その時以来一度も顔を見せないその女性にとって僕の薬局がなくてはならないくらい力を付けることしかないと思っていた。その為だけのために努力したわけではないし、その理由が僕の頑張る理由の1万分の1程もないことは分かっているが、昨日その女性が薬局にやってきた。僕は最初彼女だと分からなかった、と言うのは僕より数歳は若いはずなのに、随分年上に見えたのだ。と言うよりその顔を見るまでは老人が入ってきたのかと思った。割と大柄な人だったはずだが、圧迫骨折でもしたのか背中が随分と曲がって、顔も同じようにかなり老けていた。  用事が済んで帰る時に、その女性がお礼の言葉を言った。それは僕にとっては予期せぬことだった。強気な嘗ての表情はなく、寧ろ弱々しく感じた。そしてその後ろ姿とともに、僕の2〇年にも及ぶ消しがたい屈辱の思いが消えた。20年前のあの出来事は、その女性にとっては悪意を込めたものでなく、何気ない仕草だったのかもしれないが、それを何年も引きずる人間がいるとは思いもかけなかっただろう。大きいにしろ小さいにしろ、力を振りかざすものは昔から大嫌いな僕だから、誰もが同じ地平に立つことを望んでいる。どうせみんな数十年経てば土に帰って、やがて土にもなれないのだから。