牡蠣むき

 牡蠣の養殖をやっている漁師が、従業員の目薬を取りに来た。様子を尋ねると牡蠣むきをしていたときに破片が眼球に当たったらしい。痛がっていたので病院に連れて行ったら、処方箋のような薬が出たと言っていた。  処方箋に記載されている名前が明らかに日本人の名前でなかったから経緯を教えてもらった。今はなかなかきつい仕事をしてくれる日本人が少なくて、外国の人の手を借りることが多いらしい。目を負傷した男性もその中の一人らしいが、去年は広島で同じ仕事をしていたらしい。そこで面白いことを漁師が教えてくれた。  「どうやら、広島流のむきかたでやっていたらしんじゃ。だから殻が目を直撃したんじゃ」「広島流?お好み焼きなら分かるけど、牡蠣のむきかたにも広島流があるの?」「そりゃああるわ、所変わればなんとか言うじゃろう。広島流は叩いて殻を割って実をとるんじゃ。それに比べて岡山流は、殻をこじ開けるようにして実をとるんじゃ」  なるほど、又一つどうでもいいことを知った。僕は食べれればいいくらいの関心しかなかったが、なかなか面白い。隣の県なのにこんなに違うなんて、まさか張り合っているわけではないだろうに。  ついでと言っては何だが、以前から気になっていたことを尋ねてみた。それは実をとった後の大量の蛎殻だ。煎じ薬や漢方薬に必要なものだから是非有効に生かして欲しいと思ったのだ。少なくとも産業廃棄物にだけはして欲しくなかった。するとちゃんと、農業用に加工され有効に使われていると教えてくれた。自然からとれたものが又自然に帰っていく循環が完成されていることは嬉しかった。広島流も興味深かったが、蛎殻の行き先があることも嬉しかった。少し歩けば牡蠣むきの作業所に行けるのだが、そこでの営みには疎かった。それぞれがそれぞれの場所で懸命に生きている。それももくもくと。その様がいい。