皮肉

 人より顔は整うべきか、人より知性は整うべきか、人より笑顔はさわやかであるべきか、人より親切であるべきか、人より勇気を備えているべきか、人より・・・  歳を重ね、残された道が来た道より圧倒的に短くなっても良いことはある。そんな良いことがいくつあるのか知らないが、ただ一つだけは自信を持って言える。それは多くの事柄に対して「大したことではない」と言えることだ。  嘗てなら人生を左右してしまうようなことすら問題にならなくなった。学校の成績、職業、家族、もっと重要な要素はあるのだろうが、その要素すら他に思い浮かべることが出来ないくらいおおらかになった。それらが比較の対象に、いや興味の対象にならないのだ。やっとここに来て随分と精神的に自由になったような気がする。 圧倒的に「大したことではない」ものに囲まれながら、人類が遭遇した最悪の大したものに「大したものでない」と無関心を強いられているこの国の有り様は大したものだ。これだけは譲れないだろうと言うものを、いとも簡単に譲っている。日々伝えられる悪事の数々もこの最悪に比べれば次元が違う。いくつの罪を重ねても足許にも及ばない。  もう物も便利もいらない。それらに取り残される年齢になっても何ら不自由はないし、寧ろそれらから必然的に取り残されることによって皮肉にも自由を得ている。少しの笑顔、少しのユーモア、少しの思いやりさえあれば、あのこと以外は大したことではない。