目撃

 妻がいなくて良かった。その光景を見たらやっておれないだろうから。 恐らくもう少し日が経てば、娘であることも分からなくなるかもしれないと思い、姉に母親に会いに来るように誘った。どのくらい会っていないのか忘れたが、勿論電話などでは話しているから分からないことはないだろうが、どういう態度を示し、どういう言葉を発するのか興味があった。  リビングに一人でいた母に姉が声をかけながら近づくと、じっと見つめていたがやがて分かったのだろう、一気ににこやかな顔になった。笑顔など忘れてしまっているのかと思っていたが、満面の笑みがまだ出来るのだと驚いた。否定的な、攻撃的な言葉しか発せなくなっていたから、自ずと品のない表情になっていたが、その瞬間姉曰く「可愛らしいお年寄り」になっていた。姉の服装についても少々派手気味というような言葉をまず最初に発した。その後は二人だけの時間を過ごして貰うために席を外したが、奇蹟の笑顔がその後何時間も続いたかどうかは分からない。ただその瞬間は明らかに僕や妻に対する表情とは違った。娘が一番なんて巷言われることが良く理解できた。 つかず離れず、結構うまい介護を続けている妻に、あの笑顔を向けられる事はない。目撃したのが僕で良かった。