無知

 ああ、ややこしやややこしや。畔も畦も分からない人間が百姓など出来るはずがない。種をまいて水を撒けば作物は実り花は咲くのかと思ったが、それは甘かった。駐車場内の畑の一部(娘夫婦が中心でやっているので)に色々の種を蒔いたのだが、どうやら育っているようには見えない。ただ緑の濃い植物が数種類顔を出し、やがて辺り一面が緑の絨毯に、いやそれが所々で破れたものになってきている。  その濃い緑色の植物は恐らく草と呼ばれるものだろう。まともに草を意識して見たことがないから、果たしてそれが本当に草かどうかは分からない。中には可憐な花をつけているものもあるから草に見えないものもある。だが仮に草であっても綺麗で可憐なものには違いない。草と花をこちらが勝手に区別しているだけだ。  母を怒れない。1ヶ月以上前、気晴らしに草抜きを頼んだとき、調剤室の窓越しに祖母が草を抜く姿を見ていた娘が血相を変えて飛び出していった。何と母が娘達が植えて土からやっと頭を出してきた花を、草と勘違いして根こそぎ抜いていたらしいのだ。時すでに遅し、ほとんど全滅に近くて、娘達は決して怒らなかったが、相当残念がっていた。  あの頃はまだ草もまばらだったが、それでも実もつけない花も咲かさない植物を母は草と判断したのだろう。僕でも同じ事をしていたかもしれない。ただ僕はあの時娘が慌てて飛び出していったのを目撃した分、下手に手が出せれなくなった。判断力も記憶力もその多くを失ってしまった母と争うくらいの無知が、事植物に関してはあるのだから。