助手席に腰掛けている友人は、僕の涙を不思議に思っただろう。岡山駅で彼女を降ろして車に戻るとすぐ涙が出だした。いや、彼女に別れの挨拶をしエールを送っているときから僕は涙を悟られないように必死で取り繕っていた。 彼女が牛窓にやってきたいとメールをくれたときから、今日の日を日程に組み入れた。彼女も快諾してくれたから、片道3時間の車の運転も苦ではなかった。もっともそんな姑息なことが目的ではなく、彼女の長年の症状を取り除くための良い舞台設定になると思ったのだ。 まず第一に、助手席の友人はとてもユニークな経歴を持っていて、僕を弛緩させてくれる才能の持ち主で、彼のおかげで活性酸素も除去出来ていると思っている。もっともこの数年は滅多に訪ねてこないから、僕の筋肉の弛緩もなかなか出来ないが、やっと2回目の法務省への出張が終わったので、これからは嘗てのように僕の緊張をとってくれると思う。そんな才能の一部を彼女体験させて貰って、くそまじめに力んで生きることの修正をして貰いたかったのだ。1日7時間働いて日当が50円の生活を犬以下の生活と表現し、塀のこちら側を天国と言っていた彼の劣化した生活から何かを掴んでもらえればと思ったのだ。   第二は、コンサートの出演者の中に二人のハンディーを持っている青年がいて、彼らがとても演奏が上手で僕がファンだってことを知って欲しかったのだ。あるハンディーを補うために与えられた、いや勝ち取った才能が、多くの人を楽しませてくれて、又自分たちも大いに楽しんでいる姿を見て欲しかったのだ。舞台の上で圧倒的な技術を発揮し多くの人を引きつける姿を見て欲しかったのだ。  彼女が苦しんでいる症状を言葉で治すことなど出来ない。ただ、彼女が恐らく普段接することが出来ない、ごく普通の人の赤裸々な日常に接して完治のための答えを見つけられたらと思ったのだ。  僅か二泊三日でその答えを掴み意気揚々と引き上げることなどできない。答えの片鱗でもいいから見つけて、謂われなきがす漏れの苦痛から全解放を勝ち取って貰いたい。今度会えるときは、この悩みを克服してもっともっと自由な女性であって欲しいと思ったのだ。 そんなことを考えていると涙を抑えることが出来なかったのだ。