科学

 別れる日が近づいてくるにしたがって僕は逆に寂しさから解放されていった。これが昔の別れだったら、二度と会えないという悲壮感の中だから、恐らく涙涙の別れになるのだろうが、今はいつでもすぐに会えるという環境だから込み上げてくるものも少なかった。おかげで涙を見せることもなかったし、涙を見ることもなかった。出発の直前まで僕の家族と食卓を囲んだが、本人の冗談に大いに食卓は盛り上がった。時折ふとよぎる寂しさを誰もがうまくカモフラージュしていたと思う。  彼女が帰る前にある設定をしてくれた。スカイパか、スカイピか知らないが、テレビ電話みたいなものだ。何がいいと言って、無料なのがいい。実は彼女が帰ってから連絡は。電話をしてくれれば僕がすぐに折り返し電話をするからと提案していたのだ。かの国の所得レベルを見ると誰もが考えそうなことだ。そうした僕の懸念は後進国の若い女性が簡単に解決してくれた。こんなことも知らなかった僕の頭が実は後進国だ。  別れた翌日にははるか遠くの国の人とテレビ電話で顔を見ながら話している。科学の力が別れを哀しさから解放した。別れから涙を奪った。止まらない涙を懸命に隠そうとする僕を科学は乾いた人間にした。