後腐れ

 先日ある県会議員が立ち寄ってくれた時に、いい機会だから疑問に思っていたことを質問してみた。すると、近日中に開かれる政治パーティーの席に、その回答をしてくれるに打って付けの人が偶然来るから、パーティーに出席されたら如何ですかと言われた。 その出席者の肩書きを聞くとまさに適任だ。ただ彼はその後、次のような言葉を重ねた。「ただし、先生なら来賓の挨拶を聞くのに1分と持たなくて出て行かれるでしょうね」と。彼との信頼関係は一分の隙もないが、確かに彼が属する会派や連携する会派とは僕は全く考えを一にすることは出来ない。それが分かっていての信頼関係なのだが、それはそれで寧ろ馴れ合いの関係よりも信頼度が高い。その言葉を聞いて僕は勿論出席を断った。出席してその方と面識を得て、頼み事をすればいいのだろうが、やはり僕は思想を変えてまで頭を下げることは出来ない。今まで不利益が分かっていてもほとんどの場面で意地を通してきたのだから今更生き方を変えることは出来ない。 折角の機会、恐らく簡単に解決できるだろう機会を失って、今も苦労しているが、僕の回りの多くの肩書きがない人の力を借りて遅々とした歩みの解決方法を探っている。今回も又いつものように問題は解決しないかもしれないが、安易な方法で成就するよりはあたって砕けた方が後腐れがない。