奇蹟

 彼が県会議員になる前から知っているから、もう30年のつき合いになる。ごく普通の青年で、まさかそんな肩書きを持つような人間になるとは思っていなかったから、何の貸し借りもないごく普通のつき合いだった。勿論彼が県会議員になってからも、それこそごく普通のつき合いをしている。変わったのは、彼が忙しい身になったことと、肩書き上、色々な知識を身につけたってことくらいだろうか。ふと立ち寄ってくれての雑談でも、その片鱗はあちこちに伺われる。それと当然、何期も連続で当選しているから、威厳もそれなりに身に付いている。話の内容によるが、出来ないと言う言葉が出てこない。頼みもしないことでも先回りして、色々知恵をかしてくれる。 何の話題の時か思い出せないが彼がふと漏らした言葉が面白かった。「ヤマト薬局さんが今残っているのは奇蹟に近いですよ」と言ったのだが、世間の常識から言えばその表現は全く的を射ているなと思ったのだ。僕も思わず「ほんと、ほんと、僕もそう思う」と同調した。誰がこんな田舎の薬局が、それも昔ながらのスタイルで生き残れると想像しただろう。現に、僕の家から岡山駅まで車で1時間近く走っても、同じような薬局を見つけることは出来なくなった。以前なら車で数分走る毎に薬局はあったが、今ではドラッグとコバンザメ商法調剤薬局とやらしかない。 奇蹟の一本松ではないけれど、いつまで僕の薬局が持つのか知らないが、残り僅かなような気もする。丁度今僕の薬局は、時代変化の津波に襲われて「奇蹟の1分待つ」まで追いつめられているのかもしれない。