中間層

 人間ドックで一番のストレスは胃カメラだろう。大腸カメラまでセットされていたら大腸カメラになるのだろうが、僕の場合は胃だけだったから、胃カメラが最大の難所だった。看護師さんが口からにしましょうか、鼻からにしましょうかと尋ねたので、息子に任せてくださいと言っておいた。すると以前は口からを推奨していたはずの息子が今日は鼻からカメラを入れると言った。何でも、開発当初は精度が劣っていたが、最近は口から入れるカメラと比べて遜色はないらしい。となると楽だという噂の方をこちらも希望する。  確かにとても楽だった。えづくことも一度もなかったし、唾を垂れ流しにすることもなかった。これなら毎週でもうけられる。あのえづきが嫌で、色々な口実を見つけて日を延ばしていた姑息な手段をもう使う必要はなくなった。 ただ僕はいわゆるピロリ菌世代だから、胃の粘膜はとても汚い。だから検査の度に息子が青色の色素を注入して、怪しい部分を際だたせ念入りに診てくれる。最初にそれを経験したときには意味が分からなかったから、ああやっぱり胃ガンだったんだと諦めたものだが今はその意味を知ったから狼狽えることはなくなった。今年は息子が「去年より綺麗になっている」と不思議なことを言った。毎年年齢を重ねる毎に顔と同じでしみや皺が増えるだろうに、逆に綺麗になっているというのだ。色々と日常工夫して煎じ薬などを飲んでいるからかなと思ったが、残念ながら胃にいいものは何も飲んでいなかった。息子曰く「ピロリ菌を退治したら段々綺麗になる」らしい。そんな理屈は知らなかった。 結局胃は病気ではないが健康でもない辺りに落ち着いた。この微妙なバランスで何とかしのいできているが、さていつまで持つやら。幸福度も経済も人間関係も、ありとあらゆるものが同じようなバランスの上に立っている。ほどほどとかそこそこなどと言う形容詞が似合っていた。崩れゆく中間層の中にしっかりとした足場を築いても仕方ないが、妬まれもせず、さげすまれもしない位置の気楽さは捨てがたい。