薬局の隣はこの町一番の不動産を持っている会社の所有で、250坪もある広い土地だ。ほとんど何の設備も整えていないから、一見空き地のように見えるが、近所の人達が駐車場として借りている。勿論我が家も2台分借りているが、来客者は自由に拝借している。県内でもとびっきりの大地主だから、些細なことはお構いなしで、経済か度量か分からないが、それに大いに甘えている。 薬局に来た人で、運転に自信がない人はやはり大きな空き地に駐車したいらしく、それはバックで道路に出て行かなくてもいいからなのだが、「隣の空き地に駐車してもいいですか?」とよく尋ねられる。僕はその時決まり文句で全員に返す。「よその土地だから遠慮しないで使ってください」と。半分くらいの人は一瞬判断に困るようだが、それで駐車を躊躇った人は一人もいない。  そんな駐車場で2週間前に鍵を我が家の工事に来てくれていた職人が拾った。職人は困ったのだろう、僕にそれを渡した。当然僕は拾った場所から近所の人を割り出して、妻に届けるように頼んだ。ところがその人は鍵を落としていなかった。それから契約している駐車場所から割り出す作業を徐々に広げていき、順番に尋ねてみたが結局は全員が鍵を落としていなかった。こうなると僕には手がない。近所の人ではないことしか分からなかったのだから。警察に届けるべきか、じっと持ち主が気がつくまで保管しておくべきか迷っていた。ところが昨日、ある市外の常連の女性が、2週間ぶりに漢方薬を取りに来たついでにひょっとしたらまだ落ちているかと思って、隣の空き地を少しだけ歩きながら捜したらしい。丁度そうしているところに出勤してきた娘夫婦が車を止めた。で、何をしているのですかという会話で、その女性が鍵の持ち主だってことが判明した。もし娘夫婦と駐車場で会わなければ、鍵を落とした会話などしていなかったと後からその女性は教えてくれた。  その女性は必ず薬局の前に駐車する人で、2週間前に工事の様子を見るために、初めて空き地に足を踏み入れたらしい。想定外というあまり好きではない言葉があるが、それこそ、鍵の落とし主としては完全にノーマークの人だった。色々な偶然が重なって鍵を落とし、色々な偶然が重なって鍵が帰ったが、縁がある人は色々なところでよい結びつきが出来るものだと思う。 実はこの女性はもう10年に及ぶつき合いなのだが、姉御タイプなのだろう、沢山の、それも結構難しい患者さんを紹介してくれる。癌やうつ病不妊や肝臓病、どれも困難な患者さん達だが不思議ととてもよい結果が出るのだ。おかげで結構遠い方なのに、その地区の人達が沢山何十分もかけてきてくれる。決して恩着せがましいことなど微塵も見せない、いや間違っても特別待遇などしようならこちらが怒られそうな人なのだが、どっしりと構えて、裏表のないさっぱりした性格が心地よい。何となく深い所で分かり合える。  たった鍵一つの未解決事件だったが、縁なくしては解決できなかったのではないかと思わせる出来事だった。