比喩

 どうやら台風が東コースを通ってくれたみたいで、牛窓にとっては幸運だった。少し雨が降って、少し風が吹いてと、よくある梅雨の降り方とあまり差がなかった。そうした理由で気が緩んでいたのだろうか、面白い会話を二組の人とした。思わず思い出し笑いを繰り返したくらいだった。 ある奥さんが近所の人と、開店して間もない食べ物屋さんに食事に行ったらしい。とても見晴らしがよいところで眼下に静かな瀬戸の海が見える・・・筈なのだが、古民家に手を入れて改装した部屋は嘗ての土間で、眺望は全く開けない。土間の続きの部屋辺りが丁度景色がいいところなのだが、そこは開かずの間になっているらしい。おまけに、注文した定食が、どうも地の物を使っている風が無く、レトルト品ではないかという主婦の直感らしかった。おまけに、よく吠える犬がいて、傍を通って建物の中に入るのが恐かったらしい。食事を終えて帰るときに、連れの女性が「なんだか北朝鮮のお店に行ったみたい」と感想を述べたらしい。この外食産業と何ら関係のない言葉で全てを表現した女性の比喩に感心するやら、おかしいやらで当分笑いを止めることが出来なかった。  その方と入れ違いにやってきた女性。県外からやって来てくれるのだが、何故か台風の日には必ず来る。今朝、妻が「今日は○○さんファミリーが来られるよ」と予言していた。案の定やってきた。彼女が自分の症状を説明してくれた言葉がこれ又ユニークだった。関西人特有のノリと言うより、比喩力を伺わせる言い回しだった。お腹の辺りの不快感を訴えての言葉だったのだが、自分の手で締め付けるようにしながら「この辺りで絞め殺されるような気がする」と言った。恐らく平滑筋の緊張による不快を表現したのだろうが、それ以外の言葉を探すほうがより真実から遠ざかりそうに思えた。  海岸線に暮らす人間特有の台風アレルギーが発症していた日に、笑いの壺に落ちる手前の解放感に2度も浸れたのは幸運だった。一人は地元の人、一人は都会の人だったが、なかなか人間って、特に罪のない普通の人間って面白い。