正解

 誰にもジンクスというものはあるのだろうが、意外と僕の薬局で多いのは「治ったと喜んで報告するとまた悪くなる」と言うものだ。だからそのジンクスの信奉者は、好転しても口が重い。嘗て長い闘病生活(?)の中でぬか喜びに終わってしまった経験が多いからか、迂闊によくなったなどとは言えない。 今日電話を下さった女性もその中の一人で、調子がいいと電話で話をすると途端に悪化するので、余り良いとは言いませんと警戒気味だ。2週間分が2回、だから1ヶ月程度今までとはずいぶんと違うよい状態を維持しているのに、敢えて口を重くしている。「僕の声を聞くと逆戻りするなら、今度から報告は電話ではなく電報でして!」と答えたのだが、この答えは僕としては満足できない。その女性は電話の向こうで笑ってくれたが、僕としてはそんなものでは満足できない。自分でも今一だとすぐに思ったのだが今更言い換えるわけにも行かない。正解は「奥さん、今度から声を聞かなくてすむようにのろしを上げて!」と答えるべきだった。  「薬が無くなったから至急送れ」って合図をのろしで出来たりしたらどんなにロマンチックだろう。100Km近く離れているその人の住む町とのろしでやりとりできる平野が広がっていたりする光景を想像するだけで古代へと誘われる。幸福感を知らない時代に生きるより、不幸感が分からなかった時代の方が余程生きやすかったのではないかと思う。