遺伝

 まだお昼が来ない時間帯に「こんなにいい結果の人が続くとやる気が出てくるわね」と妻が言った。自分にやる気が出てくると言う意味か、僕に出てくると言う意味か分からなかったが、僕も自然に頷いていた。妻は電話を受ける率が高いので、僕と同じような感覚になるのだろうか。 ただ、自然に頷いたけれど実際はかなり違う。僕はいい結果が続こうと、そうでなくても、やる気は常に満杯なのだ。それが欠けたことはほとんど無い。だからやる気は出てくるのではなく、敢えて出さなくてもやる気だらけなのだ。理由は分からない。それが欠けたことがないから、ごくごく普通なのだ。あって当たり前なのだ。真面目だからではない、正義感もない、経済を無視した聖人でもない。だけど、薬局に入ってきた人全員に好結果を出そうと何故か頑張る。いや、頑張らなくても自然に頑張っている。気持ちの問題ではない。単なる反射神経のレベルだ。治って礼を言われても、嬉しいのはその人が出ていくまでで、次の瞬間からなかなか良い成果を出すことが出来ない人のことに頭は行っている。その繰り返しだ。  ある人が帰った後に娘が「人が変わったよう」と言った。僕もそう思った。ハイテンションで人の言葉など全く耳を貸さなかった女性が、整った服装をして、ゆっくりと会話をする。体調を良くしてあげるとここまで人格も変わるのかと、本人の喜びに負けないくらい僕も嬉しかった。ただその喜びも、その女性が出ていくまでだ。数分間の喜びの共有で幕は下りる。いつものことだ。ただそれが偶然今日は沢山重なっただけなのだ。 娘が応対した逆流性食道炎の女性が、2週間で深夜の気持ち悪い喉の症状が止まった。それどころか、長年不快だった口の苦さと、不眠までが改善していた。口の苦みも不眠も本来ならそれが独立した訴えなのだが、全部改善していた。さすがに娘は喜んでいたが、それでもその方が帰れば又、施設の患者さん達の調剤にもくもくと取り組んでいた。やる気は出るものでもなく、出すものでもなく、元々あるもの、その辺りは気の毒だが確実に遺伝していると思う。