昼食

 役を引き受けすぎて留守がちな妻が用意していった食事が、余りにも貧相だと思ったのか、娘が自分たちのおかずの残りを食卓の上に置いていてくれた。嘗ては二人で2階に上がっていき昼食をとっていたのが、最近は昼食を交代でとっているからどうかしたのかと思っていたら、やはり僕のことを考えて、昼食の時間帯も僕が一人で薬局を切り盛りしないようにしてくれていたのだ。僕は何十年、まともに昼食をとったこともないから慣れているのだが、かき込むようにして降りてくる僕がさすがに心配になったのだろう。早い時は5分もすれば昼食をすませて降りてくるのだが、それが珍しいケースではないのだ。ただそんな食生活が正しいとも思っていないし、いいとも思っていない。出来れば食後少しの時間でもいいからゆっくりとしていたいのだが、残念ながら今まで誰もそれを促してはくれなかった。僕は30年以上常に元気で働く者、働ける者だったのだ。  ついに僕も同情をひくような年齢になったのかと一抹の寂しさもあるが、気を配ってくれた娘夫婦の思いやりに感謝する。さりげなく置いてくれていたサラダや、何も言わずに昼食時に薬局にいてくれるなど、押しつけがましさのないのがいい。二人が薬局にやってきてくれる人達に接しているのと全く同じスタンスだ。若いからと言う理由が大きいだろうが、謙虚に自然体で応対している。力以上を演じないで、実力の範囲内でお世話できたらいい。焦っても時間でしか保証されない知識や技術も多い。特に漢方薬は多くの人と接して初めて、文献などでは決して表現できないさじ加減を拾得できるのだ。実力を付けるのではなく、お客さんに実力を付けてもらうのだ。その事さえ忘れないでいたら人様のお役にきっと立てる。それ以上のモチベーションはないだろう。  米に塩をかけて食べるだけの学生時代の生活からすれば今は何を食べても贅沢だが、基本的には我が家は粗食ではないか。それがいい目に出るか悪い目に出るか分からないが、妻のやむにやまれず受けた役が終わるまで、やせ衰えないでいたい。