補聴器

 困っていないだろうか、分からなかったのだろうかと気をもむがどうしようもない。  色々な忘れ物や、落とし物を経験したが、これは初めてだ。結構高いものらしいから、なくしたことに気がついて訪ねてきてくれればと思うが、もう一月近くその様な気配はない。  薬局の前で肌色の小さな補聴器を拾った。耳に装着するタイプだ。薬局に入ってくるときに落とせばスタッフの誰かと必ず会話するから気がつきそうなものだが、いやいや帰りがけでも車の音などが聞こえないから気がつきそうなものだが、誰も名乗りでない。入れ歯ではないから保管するのに気持ち悪いことはないが、それでも何となく人様が装着していたものだから気持ちよいものではない。手に触れずにずっと同じ場所に置いている。 見たくないもの、聞きたくないものばかりだから、確信犯的に落としていったか。何十万の人の命を縮めてなおのうのうと税金をかすめ取る奴ら、共犯だから一向に批判しない奴ら、たかが事務処理を大犯罪のように仕立て上げ、比較にならないくらいの大罪に目をつむる奴ら、見たくない聞きたくないことばかりだ。若者がテレビを見なくなったらしい。若者だけではないだろう。芸無しを並べてコマーシャル代をかすめ取ることに付き合わされる所以はない。何ら世界規模の犯罪を断罪することなく、寧ろ隠蔽に手を貸す新聞も、何を今更という記事ばかりでテレビと同じ読む価値もない。  乾いたコンクリートの駐車場に妙になまめかしい補聴器が一つ。写真家が撮れば時代をを糾弾する一つの作品に仕上がるかもしれないが、なにぶん僕には携帯もカメラもセンスもない。あるのは胡散臭い奴らの表に出ない声を聞くやっかいな耳だけだ。