奇跡

 ご本人の心情の奥深くまではとても入ってはいけない。想像のはるか彼方に苦しみや恐怖はあるだろう。さすがにとても平然とはしていないが、それでも取り乱すことなく現実を受け止めようと努力している。混沌の中で懸命に日常を維持している。慰めの言葉が必要なのか、又それが少しでも届くのか、又それが少しでも役に立つのか分からない。医学のようで医学でない言葉も登場させなければ、言葉が続かない。 現代の医学を持ってもほとんど不治の病であり、確定診断が出ているのに治療を始めることをしない。この段階では治療をすることにメリットがあるとは言えないのだろうか、進行してからの治療法は確立されているのに。まさにこの時点では漢方薬の出番だろうが、現代医学の難病は漢方薬でも当然難病だ。服用してもらってある指標が若干改善したが、それが漢方薬のおかげだとは誰も断定できない。患者さんの少しの希望を、喜びの表情を僕の喜びとして受け入れるにはためらいがある。寧ろ土色に変化を始めた顔色の方が僕には迫ってきて、体の中で着々と足音が聞こえるようになっているのではと危惧する。  温厚な表情を崩さず、礼儀正しく、家族の支援にも恵まれている。少しでも病院の出番を遅らせることが僕の仕事だ。自然の薬草が持っている力の限りをあの温厚な人に注いで欲しいと、奇跡を願わずにはおれない。