原因不明

 「もったいないなあ、もう少し続けていたら今頃は歩けていたかもしれないのに」僕が薬をもう少し飲めばよかったのにと言うのは珍しいと思う。体調が良くなれば薬を飲むのが面倒になり自然と遠ざかっていくのが一番良いくすりの止め方だと思っているから、僕は基本的には深追いしない。ところが朝一番にかかってきた電話の奥さんに関してはとても残念に思った。奇跡が起こりそうなのにどうしてその程度で良しとしたのだろうと、理解に苦しんだ。勿論又頑張るというのだから、以前にもまして僕も努力するが、意外と当事者より僕の方が熱心なことはある。 いつも薬の注文はご主人がしてくる。僕は本人から症状の変化を聞きたいのだが、人見知りなのかもしれない。でも時に奥さんに電話を代わってもらうのだが、さすがに本人しか分からない情報が手に入り重宝する。  同じ年代の女性ならまだまだ十分元気にバレーボールだって出来るだろう。それなのにこの方は、ベッドから下りられなかった。調子がよいとベッドの上で体を起こすくらいが精一杯だった。勿論トイレにもいけれない。県内の有名な病院をハシゴして入院までして検査してもらったのに結局は原因不明だった。原因不明だから病院は何もしてくれない。本人は勿論ご主人も途方に暮れて訪ねてくれたのだ。現代医学とは違って漢方治療は病名がなくても薬を作ることが出来る。勿論現代医学の診断を僕は尊重して大いに助けられているが、今回のその方の診断がつかない状態は僕を漢方治療の原点に戻した。ベッドの端に腰をかけているだけで激痛やしびれ感で苦しんで、すぐに横たわっていた人が、僕の漢方薬でポータブルトイレまで歩いていき用を足せるようになった。何かにつかまれば風呂にもいけるようになった。そこまで8ヶ月で回復したのに、「様子を見ていました」には参った。あのまま続けていたら今頃は戸外に出て太陽の光を直接浴びることが出来ていたかもしれないのに。ご主人に車で送ってもらって、スーパーで買い物をしていたかもしれないのに。動けなくなるには、それも原因が不明でそうなるには若すぎるから、僕は回復のチャンスを自ら一時でも断ったのが悔やまれた。お金を倹約したのか何か理由は分からないが、本当に惜しいと思った。  奇跡は起こせないが、奇跡みたいな事は時々起こる。漢方薬のすごいところと言うより、人の自然治癒力に驚くが、もう少し心の自然治癒力もほしかったなとちょっぴり残念だった今朝の仕事始めだった。