一撃

 過敏性腸症候群が治ってからも、いや他の病気でも同じだが、色々な人生相談をしてくれる人がいる。主に若い人だが、縁が切れないのもいいものだと思う。役に立っているのかどうか分からないが、生きている期間が長い分だけ経験した数が違うから、それなりに役立つこともあるのだろう。  昨日久し振りに電話をくれた女性は、職場の上司の事で悩んでいて対処の仕方に苦労しているみたいだった。その上司が退職することになったのだが、会社に引き留められることもなく、部下に引継をすることもなく去っていくらしいが、彼女に対しての態度が急変して嫌みなことばかり言ったりしたりするらしいのだ。その事に耐えられなくなって体調まで壊しそうになったから相談してくれたらしい。具体的な言動や行為まで教えてくれたが、僕はすぐに感じたことがある。その辞めていく上司には、直面している不幸な何かがあるって事だ。僕は何か家庭や自分に抱えている不幸があるのではないかとすぐに思ったのだ。幸せ一杯の人が他者に対して嫌みなことを言ったりしたりはしない。何のメリットもないし不快のキャッチボールをする必要もないからだ。そんな態度をとらなければならないのは余程追いつめられた人だ。 追いつめられて自分の言動にブレーキを失ったあげくの行為なのだ。恐らく自分でも言ってはいけない、してはいけないと分かっていても、どうしても精神のバランスをとる為にしてしまう行為なのだ。その人はなにか不幸を抱えているのではないのと尋ねると、彼女も思い浮かぶ節があったらしく病気で悩んでいることを教えてくれた。そこまで分かっているなら、追いつめられた人を思いやってあげるべきだ。被害者ではなく、思いやる立場に自分が変わればいいのだ。その事を言うと彼女は分かったみたいだった。  これで終わると僕らしくない回答だから、もう一つ選択肢を与えた。彼女は関東からわざわざ泊まりに来たことがあり、その時に色々なことを話したが、彼女が空手を習っていることも聞いていた。試合に出るほどの腕だったと記憶している。だから彼女に「せっかく空手を習ってきているのだから、そんな上司、一撃で倒したら」と助言した。  嬉しそうに電話を切った彼女だが、最後に「先生の口から意外な返事がもらえたので驚きでした」と言った。意外な返事とは果たしてパターン1かパターン2のどちらだったのだろう。