勇気

 僕の数少ない体験から言って、災害も病気と同じように結構孤独なものだと思う。もう何年も前になるが、深夜忍び寄ってきた海水に追われるように母を連れて高台に逃げたときも、荒れ狂う風の音だけで人気は全くなかった。その辺りで一番低かった母の家が浸水し始めたのはよそよりも早く、結果的には胸の辺りまで海水が入ってきていたのだが、まだ膝下くらいの時に逃げていて良かったと、夜が明けて帰ってきたときに思った。臆病が救ってくれたと今でも思っている。  偶然あの時(昨日の地震)僕はテレビをつけていた。海水が盛り上がり堤防を越える最初の映像だったと思う。テレビで見ていたら画面左の海が盛り上がり、堤防を超え町中に一気に押し寄せるのが手に取るように分かったが、その画面の中を普段と全く変わらないように走る車が数台いた。あれだけの揺れを感じてどうして海岸沿いを普段通りに運転しているのか僕には想像できなかった。逃げるために猛スピードではなくゆっくりと走っていた。一気に入り江の町が海水の下に沈んだときすべてが消えた。  恐らく地震から津波の到来まで即断していれば逃げる時間はあっただろう。30分くらいあった所も多いはずだ。それだけの時間があればほとんどの人が高い場所に逃げられる。どうしてあんなに沢山の人が逃げなかったのだろうと不思議でならない。どんな勇気があったのだろうと思ってしまう。僕みたいに臆病なら山に向かって走っていただろうに。臆病だから救われる命の方が、勇気があるから救われる命よりはるかに多いと思う。臆病をさらけ出せる勇気があったら命を失う必要はなかったのにと残念でたまらない。