邪道

 ありがたいを越えて悲しくもあり、情けなくもある。  大正の人の特徴か個性か知らないけれど、何か仕事をしていれば落ち着くのだろう。何かないか?何かないか?を連発するから簡単な作業を沢山常に用意してそれをやってもらうのが日常だ。もし作業のネタが切れたりしたものなら、何かない?お化けにこちらが苦しめられる。  なんとなく姿勢が左側に大きく傾いているのに気がついた。1週間前にも同じような姿勢を見つけて尋ねたら背中が痛いと言うことを白状した。こちらが尋ねなければ恐らく言わなかったと思う。結構痛そうだったのに、飲み薬とハップ剤で翌日には治ったといって又いつものように手伝いに来た。驚異の治癒力だと感心して、以来気にはならなかった。ところが今日又同じ姿勢で作業をしているのを見つけた。問いただすと背中が痛いのだそうだ。僕が1ヶ月くらい色々な不快症状で困っていたときに、毎日のように一人症状を気にかけてくれていたが、自分のことは言わない。寧ろ出来ないながらも僕の手伝いを以前よりも増してしたがっていた。90歳を越えても母親は母親なのだ。  老化予防には日々の決められた役割分担がいい。やらなければならないことがあるのは心身共に緊張感を保つことが出来て衰えをずいぶんと遅らせることが出来るのではないかと思っている。もっとも恵まれた環境で過ごし趣味や遊びで人生の後半を充実させれた人達にとっては老いてまで働くって事を邪道だと否定するかもしれないが、何の楽しみも求めずひたすら働いてきた人間にとっては、歳をとっても働くことが唯一健康維持の手段なのだ。母は明らかにこの部類に属す。遺伝子を受け継いでいる僕も実はその事を心配している。90歳を越えるまで働き続ける強い生命力を持っていることを羨ましく思うが、果たして昭和の人間にそんな芸当が出来るか、はなはだ心許ない。気持ちや性格だけでは乗り越えられない壁はある。  今日は帰って休み、回復するまで手伝いに来ないように諭したら、不平そうな顔で妻に連れられて帰っていった。ありがたいを越えて悲しくもあり、情けなくなもある。