暇つぶし

 健康保険で特定疾患の指定を受けて、調剤費がただになった人がいる。回復が難しく長期療養になる人のために国が定めた病気があって、それに適応するのだそうだ。処方せんを持ってきたのは昼過ぎだったが 、頬を酒でほんのりと赤く染めて幸せそうな表情をしている。2人並べば僕の方が患者に見えるだろう。目の下にクマを造り青白い顔をしているのだから、彼に白衣を差し出したいくらいだ。 「浮いたお金で又パチンコが出来る」と嬉しそうだった。元パチンコキチガイの僕にとって、あの年齢でまだ頑張っている理由をふと聞いてみたくなって「どうしてパチンコに行くの?」と尋ねてみた。するときょとんとした表情をした後に「暇つぶしかなあ」と答えた。暇つぶしにしては昨日負けたという5万円は高すぎると思うが、いくら考えても所詮暇つぶしなのだ。家一軒建てるくらい負けていると冷静に分析しているが、恐らくもううずうずしているだろう。嘗ての僕も同じで、理性なんて何の役にも立たなかった。経験がないから分からないが、恐らく薬物に負けないくらい当時の僕は中毒になっていたと思う。でも僕も又暇つぶしだったのだ。まさかお金を稼ごうなんて思ってもいなかったはずだ。300円もあれば遊べた時代だから、時に儲けさせてもらってもたかがしれている。勝負は単なる偶然の結果論であって、やはり時間つぶしだったのだ。牛窓に帰って毎日12時間働きだしたら、それこそ潰さなければならない時間なんて少しもなかった。寧ろ逆に如何に時間をひねり出すかが必要な日々になった。4月1日と言うある日を境に、同じ時間の筈なのに対峙の仕方が全く逆になってしまったのだ。  そそくさと帰り始めたから「返り討ちに会わないようにね」と背中に声をかけると、ずっこける格好をして手を振って出ていった。何処が特定疾患だと思うが、特定疾患だからこそ今を忘れたいのだろう。恐らく蓄えなんか持っていないし、そのつもりもないだろう。それはそれで一つの生き方。大きな墓を造っても仕方ないし、嫁さんも子供も出ていったのだから、財産を残しても仕方ない。金も想い出も、良い噂も悪い噂も残さずに誰にも迷惑をかけないのもいい。  パチンコ台の前で何時間も粘れる体力が心底羨ましい。