無関心

 僕よりだいぶ若そうなのに歯がないから、見方によっては年上に見えるが、恐らく年下だろう。「今日も埃まみれになった」などと言いながらやってくるから勝手に解体業者と決めつけていた。僕は他人のプライバシーには余り興味が湧かないので、根ほり葉ほり聞くことはまずない。赤ちゃんが産まれたと教えてもらっても、男の子か女の子か聞き返したこともない。だから後で妻に質問されても答えられたことがない。それだけ病気以外の話題には無関心なのだ。元々の性格か、薬局人生の中で身につけた術か分からないが、何も知らない方が何もかも知っていることより都合がいいことが圧倒的に多いから、この性格を変えるつもりはない。 いつも来る時間帯より随分早いから、「珍しい時間帯だね」と言うと、「今日はお寺さんで豆まきがあるから早くしまった」と答えた。「どうしたの、豆をまくくらい有名人なの?」と茶々を入れると彼の仕事を教えてくれた。もう10年は通ってきていると思うが、名前は勿論住所も職業も尋ねたことがない。彼の職業は僕の勝手な決めつけの逆で、大工さんだった。如何にも壊しそうな顔をしているのに、造る方とはたまげた。そう言えば痩せこけて身は軽そうだ。潰瘍の薬を10年も、わざわざ遠くから取りに来るから、いわくありげなのに結構堅気と言うミスマッチが面白い。吐血して今にも倒れそうな顔色でやって来たりするから、表沙汰に出来ないことでも抱えているのかと、気を使ってあげたのに、ひょっとしたらあのくしゃくしゃの笑い方の中に隠れているのは単なる臆病なのかもしれない。  名前を聞いたら結構有名なお寺さんの仕事をしていて、その仕事が5年くらいかかるらしい。余程信頼を得ているのだろうか、業者を通さずに直接仕事を請け負っている。このメリットをかなり強調していた。「やいやい言われなくてすむ」と言う表現を使っていた。自分のペースで出来ることのありがたさを語っていたが、門外漢の僕でもその心理は理解できる。職人特有のプライドを潰されないと言うところだろうか。「血を吐いて倒れたときでも、ゆっくり養生してくれればいいと言ってくれたんだわ」と言う彼の言葉に恩を受けた側の心が良く覗いていた。 「だったら酒も止めて恩に報いないといけないな」と言うと「酒は一滴も飲まない」と言う。だったら、何で血を吐くほどの潰瘍になるのと言いたいが、まさか甘いものの食べ過ぎでとも答えられないだろう。さすがにあの歯が抜け落ちているのは甘党のせいかもしれないが、血を吐くのは優しすぎる心のせいだろう。電話をして1時間くらいかかるところからわざわざやってくるのは、僕の無関心さが彼の気持ちに優しいのかもしれない。愛の反対は無関心だと言われるが、時には愛おしいからこそ無関心もいいのかもしれない。