秀作

 県境から3人づれで来てくれる女性達は、そのうちの2人が漢方薬を1ヶ月分づつ持って帰るから、最低1時間は薬局で待ってくれる。その間楽しそうに話している。薬局の次はランチをするらしくて、それがお決まりのコースなのだ。3人の話の中には、かなりの田舎でないと出てこない単語がしばしば出てきて、牛窓なみ、いやそれ以上ののどかな光景を想像してしまう。昨日なんか、氏子総代なんて言葉も出てきて、都会の人には絶対分からないだろうなと、調剤しながら聞こえてくる話の断片を僕も楽しんでいた。 隣がもう兵庫県だからか、田舎のくせにとてもセンスのよい女性達で、猪や鹿が出てくる町から来た人のようには見えないくらいおしゃれだ。そのうちの上品な女性のお子さんが今年大学受験らしくて、もうすでに1校受けたらしい。まだまだこれから沢山受けるらしいから、大変ですねと声をかけると「身の丈を知らないもので」と、謙遜か冗談か分からないような返事をした。「受験ほど親にとってストレスはないよね」と僕が言うと、ちょっとお茶目な奥さんが「支払いの方がストレスよ」と横から口を挟んだ。「ほんとよね」と残りの2人が口をそろえて言ったから、具体的な支払い、それもちょっと額がはったのか、どうも内容を知っているような口振りだった。お茶目な女性はちょっと顔をしかめるような素振りをして「付いて行きたかったわ」と言った。一瞬僕は何の意味か分からなかったが、要は支払ったお金に付いていきたかったって事だと理解した。その時も面白い冗談だと思ったけれど、その後も思い出すたびに心も身体も弛緩した。庶民のちょっと悲哀を含んだ冗談が、僕には今年一番面白かった冗談のように思えた。もっとも冗談だから頭から消えるのは早くて、沢山の笑いを運んでくれた言葉達に遭遇しているはずなのだが、ついさっきの出来事を悲哀を込めて笑いに変えたところが秀作だ。  どちらが癒してもらっているのか分からないような光景だが、僕の薬局の有り難いところだ。気の合う人達だけが来てくれるから、こちらもすべての力を出し切れる。どんな人が入ってくるか分からないような、常時戦場みたいな環境では経済行為と割り切るしか仕方ないが、神経をすり減らしてまでそんなことに徹する気にはなれない。体調不良が結びつけてくれる唯一の縁だから因果な職業だが、折角の縁を笑顔の交換で大切に出来たら、その年を代表する冗談にも巡り会える。  ところで彼女は何の為に、どのくらい支払ったのだろう。