補欠

 開演時間にずいぶんと遅れて会場に着いたのに彼は悠々と玄関でタバコを吹かしていた。「補欠なの?」これが僕の挨拶。嘗て何回も誘われているのに一度も足を運んでいないから、ついに義理立てしてやって来たのだが、当然送ってくるはずのチケットも送ってきていない。中学校のブラスバンド部創部50周年を記念しての演奏会だから、チケットなんかいらないんだと高をくくって気にもしていなかったが、案の定入り口でチケットの提示を求められた。玄関に引き返してチケットがいるのではないかと問いただすと、奥さんの手違いだろうからと手持ちの2枚をポケットから出してくれた。お金を手渡すと受け取らないから、それは良くないとどうしても受け取ってもらった。すると彼は「どうせ薬代が高くなって元をとられるから同じ事だ」と言った。「ばれたか」僕らはこうした関係なのだ。 今あらためて入り口でもらったパンフレットを見てみると、岡山市立岡輝中学校吹奏楽部としてある。ブラスバンドとは言わないんだと今気がついたのだが、確かに昨日の演奏会でも、僕らが中学校の時やらされた行進曲ではなく、クラシックの名曲らしきものばかりだったように思う。と言うのはその名曲とやらの知識が全くなく、題目を見たら高尚そうな名前が載っているからそう想像しているだけなのだが。 すでに演奏は始まっているのにホールの扉の前には何人もの人達がいた。何をしているのかと思ったら、扉に演奏中は入らないでくださいとの張り紙があった。こんな決まりがあることは知らなかったが別に不愉快にはならない。これがこの世界のルールなのかとこんな事でも新鮮だった。曲が終わると待っていた小さな集団の人達と一緒に入った。800人収容のホールだが8割方埋まっているように見えた。舞台の上では制服姿の中学生がそれぞれの楽器を持っていた。意外と少人数なんだと感じたのは間違いではなくて、後で説明を聞いてまんざら素人の勘も捨てたものではないと思った。と言うのは嘗て1300人もいた学生数が今では300人しかいないのだそうだ。名前からして市内の中心部にありそうな学校なのだが、それでもこの減りようだから牛窓中学校が同じくらいの人数なのは出来すぎだと、変なところで自信をもらった。しかし、演奏はと言うと堂に入ったもので結構迫力があり、県大会で金賞を取るのだから、いや中国大会でもとったようなことを言っていたが、いや関係ない僕が肩入れすることはない、懸命に心を一つにして演奏している姿は音楽以上に心を打った。みんなで力を合わせて一つのものを作り出す作業が神々しくさえ思えた。 2部はNHK交響楽団トロンボーン主席演奏者の栗田雅勝さんのソロだった。彼の演奏の途中での話の中に僕が断れずに行く羽目になった張本人の名前がでてきた。何と同級生で、中学校の時は僕の知り合いの方が部長をしていたような間柄だったらしい。どう見ても品が違うが、嘗ては同じ紅顔の美少年だったのかもしれない。トローンボーンが行進曲の後打ちというトラウマから抜け出せなかった僕は、プロの出す柔い音を、一種の後悔を持って聴いていた。僕は中学校の時破裂するような音ばかり要求されていたように思う。当時の顧問は何を考えていたのだろう。思い出すと又腹が立ってきた。
 いよいよ3部で、OB達の演奏が始まった。さすが50年を経た卒業群団だから在校生よりは人数が多く、それだけで迫力が増した。舞台の左寄りに彼はいて、トランペットを担当している。大きな顔で日焼けしているから一際目立つ。それでもそれなりに神妙な顔をしていた。自分のお子さんよりも若いOBを始め年下がほとんどのことを思えば、彼が如何に吹奏楽を愛しているかが良く分かる。卒業して40年も経っても尚楽器を続けていることを思えば当然と言えば当然だ。彼は実は他にもギターを先生について習ったりしているから、根っからの音楽好きなのかもしれない。ただ、彼の風貌や職業が如何にも音楽とは似つかわしくなく、音楽との結びつきを疑心暗鬼になるのも無理はない。空手もやっていて、いかつい顔やごつい身体を見ていたら「ややこしいから、体育会系でいてくれ、その方がわかりやすい」と言いたいくらいだ。 顔を真っ赤に充血させて一心不乱でマウスピースをくわえている姿を羨ましく眺めながら聴いていた。毎日曜日集まって練習してきたらしいが、忙しい日常の中で創造の場、あるいは日常からの開放の場を持っていることがなんとも羨ましい。建設業の社長をしているから色々な好ましからぬ人物との望まぬ接触も多いらしいが、それをとても嫌っていた。外見はその道で通りそうな人間だが、心は意外と感性に満ちているのだろう。 今ひとつ吹奏楽というものを理解できていなかったが、いいものだと思った。出来不出来はいっさい分からないが、懸命に楽器に向かい合っている人達の顔つきや姿勢が神々しかった。特に中学生や高校生が制服姿で演奏している姿は、心を洗われるくらい清く見えた。演奏が終わった後中学生が大声で「○○先生大好き」と唱和したときなど、全くの部外者の僕でさえ感動の涙が浮かんできた。人間って素晴らしい、若者って素晴らしいと心から思えた瞬間だった。  会場で配られた就実高校定期演奏会の予告パンフレットを見ながら妻が「又行ってみよう」と言った。十分そんな気にさせる楽しい数時間だった。願わくばあの顔がもう少し音楽向きならなぁ。