400円

 「カゼ薬下さい、安いやつ」「どうしたの?」「昨日から下痢ばっかりするんです、安いやつ」「ムカムカはしないの?」「いや、ムカムカもします。出来るだけ安いやつ」
 これだけ僕も安さに重点を置かれると不愉快になって「自分の安さと、僕の安さは違うかもしれないよ。自分の安いってのはどの程度なの?」と質問した。すると不意をつかれたのかその後の答えが出てこなかった。まずは症状を教えてと言って、彼の症状を把握した。典型的な夏負けによる胃腸障害だった。毎日目の前の下水道工事に従事している若い子だが、記録的な炎天下で体を張って仕事をしていたのだから無理もない。秋風が吹き出すと途端に夏ばては始まる。「自分の症状は風邪ではないよ。薬を作ってあげる。1日分作るから400円」と言うと「マジッスか?是非作って下さい」とえらい感動してくれた。彼の言うとおりにカゼ薬を出していたら、余計胃腸を壊して吐き気もひどくなるだろう。値段も彼の基準に近かったのかもしれない。 その日の午後から現場の人達が来るわくるわ。平均気温日本一を記録した街で毎日太陽の下で働いていた屈強な男達も実は不調をいっぱい持っていて、それでも懸命に働いているだけなのだ。ただ基本的には体力はずいぶんとあって、やはり並の人が同じ事をしていたらもたないだろう。  もうほとんど「何でもやる課」状態で、色々な症状を言ってくる。今のところほとんど全員を満足する薬が作れていると思うが、すべて1日分だけ作って400円頂いている。症状に応じて薬を作ってあげることが受けているのか、400円という値段が受けているのか知らないけれど、急に親しくなった。半年以上目の前で工事をされていることに不快感は何故かなかったが、接点も全くなかった。漢方薬を求めてこられる人が多いから入りにくかったのだろうか、それとも日常的に目撃する僕が品が良すぎて近寄りがたかったのか。今日などは、医院の処方せんまで2人が持ってきた。当然医院の前には組んでいる薬局があるが、僕の薬局の方が待たなくてもいいし、わざとらしい質問もしないから彼らは持ってきやすいのだろう。あの日駐車場で円陣をくんでアイスキャンディーをみんなで食べている姿を見て「えらい似合わないものをなめているんじゃなぁ」と言った僕の言葉が壁を取り去ってくれたかもしれない。  品はないけれど腕がある。口べただけれど嘘がない。いかつい面だが目が笑っている。遊ぶ金はあるが薬代はない。大言壮語の割には気が小さい。彼らが特別なのではなく、田舎で生きていく人達の愛すべきDNAなのかもしれない。