大根

 いやいや、まいったまいった。僕は原則として体に不調を持っていてその不調が痩せれば治る人以外は、いわゆるダイエットの薬は作らない。基本的には筋肉が落ちて、より不健康になるのがおちだから。 今日来た奥さんもそうだ。長い間見ないうちにずいぶんとまるまるしてきた。顔が小さい人だから、お腹回りのふくらみはかなり立派に見える。もう70歳に近いのだろうが、老人会のスポーツで頑張っている。種目は忘れたが、確かグランドテニス?ゲートボール?セパタクロー?ペタンク?K-1?その中のどれかだったと思うが、結構上手らしくて県外に試合に行ったりしている。  その奥さんが痩せたいというのだが、その理由は毎週スポーツを楽しんでいる時、仲間から「いつ生まれるんで?」と大きなお腹を見ながら言われることが耐えられなくなったからなのだそうだ。この瞬間もう僕は断りの体制に入った。その後色々問診しても元気この上ない。医学的に標準体型を保っているよりも若干小太りの方が長生きすることを説明しても、納得しない。寧ろ他の人に自慢できるくらいの健康的な体と意欲を持っているから「僕にどうしろって言うの、僕は商売はしたくない」と言うと、その女性は意を決したように「○○さんみたいになりたい」と言った。これには僕も参った。○○さんが、吉瀬美智子とか綾瀬はるかくらいならまだ分かるが、○○さんは牛窓に実在の人なのだ。「昔も今も全然変わっていないよ、すらっとして」と言うが、なるほどその通りで今も美人だが、若いときはかなりの美人だった。お店をやっているので、シャッターを開ける姿など僕もしばしば見ているが、余り人前に出ない人で、そんな人の体型を羨ましく何十年も見ていた女性がいたってことがおかしくて仕方ない。恐らく買い物姿とか、それこそシャッターを開ける姿とかを垣間見る程度だっただろうが、30年以上に渡って理想の体型として眺めていたことが面白い。  日常の何気ない風景の中にも、役者が居て観客が居る。どこかで誰かが見ているのだが、この程度の内容なら心温まるエピソードだ。田舎には大根役者を優しく見守る大根観客が居る。