浄化

 目を疑った、目を見開いた、目を凝らした、そのどれもが当てはまり、そのどれもを交互に、あるいは同時にやっていたに違いない。こんな事が実際にあるのだと、とても珍しい光景に遭遇して得した気分だ。 パソコンに向かっているときに1人の女性が入ってきた。入り口に対して横向きで僕は腰掛けているから、少しだけ首を動かし軽く挨拶をした。時々お子さんのニキビの薬を取りに来る女性だ。打ち込んでしまいたい文章が少し残っていたので、ちょっと待ってねと言って作業を急いで済ませた。その後おもむろに立ち上がり彼女の方を向くといつものように微笑んでいる。でも何となく違うのだ。どこがどう違うと言われても困るくらい似ている、いや一緒なのだが、でも何となく違う。ふと思い当たることがあって「○○さんのお嬢さん?」と尋ねた。「お久しぶりです」と答えたから僕の勘は当たっていたのだ。本来なら「○○さん?」で止めておくべきだが、ひょっとしたら小学生の時バレーボールを教えていた子が知らない間に立派な大人になっている事もあり得ると直感的に思ったのだ。だからほとんど一か八かの問いかけだったのだ。それくらい、そっくりだった。違うところを捜す方が難しい。双子と言っても通用するだろう。 「それにしても似ているなあ」と僕は接近したり離れたりを繰り返した。「似ていると言われない?」と尋ねると「よく間違われます。知らない人に話しかけられたり、手を振られたりします」と答えた。それはそうだろう、数十センチの距離に接近しても分からないのだから。しいて言えば肌の張りくらいで何の違いも分からない。  ここまでうり二つは見たことがない。似ているとか、面影があるとかの表現はありふれているが、双子みたい、うり二つの表現は滅多にない。「テレビに出たら?」と水を向けてみると「似ているだけでですか?」と笑顔で答えてくれたが、僕はくだらない番組100本より彼女たちを並べた方が面白いと思った。母娘でここまで似ることもありうると、衝撃映像を集めた番組に流せばいい。どうせ彼らにまともな番組を作る能力なんてないのだから、すぐに飛びつくだろう。 こんな些細なことで心が明るくなる。テレビでは一国の偉い人がみっともないネガティブキャンペーンをやって権力欲を満たしたみたいだ。テレビで見る偉い人達の人相の悪さはどうだ。どうしてあんなに醜い表情になるのだろうと思う。田舎にはこの国の空気と水を浄化している暮らし人達がいて、人の心まで浄化する暮らし人がいる。いい顔でないと何も清くすることは出来ない。