ミミズ

 何を血迷って出てきたのか、それとも暑さに耐えきれなくなってパニくったあげくか、テニスコートは今ミミズの墓場だ。沢山の曲がりくねった線がコートの中にも外にも引かれている。そしてその線が果てたところには、周囲を砂で城壁のように高く囲まれたミミズが横たわっている。まだ辛うじて動くのもいるし、ひからびたものもある。  今までどこに住んでいたのだろうかと思う。まさか堅く踏みつけられたコートの下に住んでいたのでもあるまい。穴が見えないからそこから出てきた気配はない。だとすると、フェンスが立てられている周囲の草むらから出てきたのだろうか。そうだとすると、何故陰がないコートの方をよりによって選んで進んだのだろう。コート上は土までがまぶしくて、どう見ても太陽に焼けて当然のように見える。湿度を好む生き物が乾いた方向へ這っていったのは何故だろう。ほとんど本能しかないような生き物が、本能に逆らうようなことをするのだろうか。それとも暑さはその本能さえ狂わせてしまうのだろうか。  砂の城壁はどうやら蟻達が築いたもののようだ。小さな虫の死骸の城壁を懸命に蟻達が築いているのを偶然見つけた。蟻の生態について全く知らないが、いったいどのくらいの数の蟻がどのくらいの時間をかけて作ったのだろうと興味をそそられる。大きさから言えば人間に換算したらかなりの巨大建造物のように見えるのだが。それはさておき、蟻達が恐らくミミズを食べるのだろうことにも驚いた。蟻が何を食べる生き物か知らないが、彼らによって「片づけられる」のだろう。自然の循環の丁寧さにも驚く。    最近亡くなった高田渡が曲をつけた死刑囚永山則夫の詩「ミミズの唄」をふと思い出した。彼も何かの体験で僕が感じたようなことを詩にしたのかもしれないが、感受性の差が詩人と凡人をかくも分ける。彼がミミズと呼びかけたのは彼自身のことか、はたまた生かされているだけの僕たちのことか。

目ない足ないお前はミミズ 真っ暗な人生になんのために生きるの 頭どこ口どこお前はミミズ 話せるものなら声にしてださんか 心ない涙ないお前はミミズ 悲しいのなら死んでみろ苦しいのなら哭いてみろ 生まれて死ぬだけお前はミミズ 足跡さえも消されて残すものない哀れなやつ おい雌かおい雄かお前はミミズ 踏んづけられても黙ってるあほうなやつ