図星

 シャッターを開けると間もなく若いお母さんが小児用の浣腸を取りに来た。使い方が初めてらしいから説明していて、何となくどうして浣腸が必要なのか聞いてみたくなった。お子さんがお腹が痛いと訴えたので病院に連絡をすると、病院に来る必要はないから浣腸をしてあげてくださいとのことだったらしい。それで慌てて買いに来たのだ。ただ、便の状態を聞いて果たして病院の言うように浣腸が正しいのかと疑問に思ったので「お子さんはストレスが多くない?」と尋ねると、お母さんの顔色が一瞬にして変わった。まさに図星なのだろう。「心当たりがあります」と即座に答えた。「お子さんは今頑張りすぎていない?」と重ねて尋ねると「頑張っています。私がそうさせています」と正直に教えてくれた。もうその時にはじわっと涙が浮かんでいた。「お子さんはね、口では言えないから、体で訴えているよ。心が悲鳴を上げ始めているよ」とお子さんの便秘の意味を教えてあげた。するともう涙は目に留まることが出来ずに、頬を流れ始めた。病院の指示だから当然浣腸を持って帰ってもらったが、もし解決しなければ漢方薬を作るよと一言添えた。するとそのお母さんは、ひょっとしたらお願いに来るかもしれませんと言って、足早に帰っていった。 恐らくこのお子さんは、安易に下剤などで対処されたら過敏性腸症候群になる。小学校の高学年からなった人も時々はいる。今くい止めれば一過性のお腹が悪い状態ですんでしまう。それなら誰にでもある症状だ。ところが今対処を間違うと、青春期を、下手をするとこれからの人生をお腹のことで棒に振ってしまう可能性もある。  何十年も多くの人を見てきたら色々なことが分かる。科学では裏付けしきれない人の機微もある。その辺りの蓄積が多くの人を救う武器になる。そう言った昔ながらの、あるいは問診を駆使する漢方薬が得意な薬局がどんどん消えていっている。雨後の竹の子のように日本中に生えている調剤薬局ではまずあり得ない光景だし、貢献だ。どうして我が子がお腹の痛みを訴え続け、回復しないのか分からなかったお母さんに、今日恐らく正解を見せることが出来た。あの涙は、自分を責めてのものか、子を哀れんでのものか、はたまた解決がつきそうな希望を持てたことか分からないが、少なくともお母さんの今日の気付きでお子さんは精神的な重圧から解放されるだろう。千万人以上と言われる過敏性腸症候群の患者の予備軍を今日一人減らせた。 「頑張りすぎないでね、貴女も」という僕の言葉に素直に頷いたあの若い母親の懸案を一つでも解決してあげれたら、ひつこく昔ながらの薬局をやってきた意味がある。