素人

 良かったのか悪かったのか知らないが、結局今でも料理人をしている。僕が牛窓に帰ってきた頃からの知り合いで、年齢が近いからか、彼が医療、特に東洋医学に興味を持っていたからか、ずっと親しい間柄でいる。 彼には大阪で評判の柔道整復師の叔父がいた。その人にあこがれていたのだろうか、見よう見まねでその方の技術を会得していた。僕が20代の頃からしばしば実験台になって、習ってきた術を磨いた。当時牛窓署の若い警察官たちも何人かが治療もどきをやってもらっていた。身長が180cm以上の大柄な人なので力が強くよく効いた。あまりの痛さに悲鳴を上げながら指圧してもらっていたような記憶がある。こちらはただでやって貰えるのだから有り難いの一点張りなのだが、やる方は大変だろうと気が引けながらも、それでも気持ちがよいので僕らは良く甘えたものだ。  腕は素人とは思えないくらいいいのだが、なにぶん免許がない。その種の学校に行くほどの熱意はなかったのか、生活に追われていたのか分からないがずっと料理人のままだ。僕は法的な根拠がないとだめだと助言していたので、彼は純粋に親切だけで多くの知人を世話し続けてきた。時代が移って、何の法的根拠で開業しているのか分からないような指圧もどきが横行している。ただ、堂々と宣伝したり看板をあげているから違法ではないのかもしれない。国が定める資格がないと治療は出来ないよと助言し続けてきたから、今僕自身も混乱している。数年前に流行った規制緩和で何でも出来るようになったのだろうか。それまでは、料金などをもらうことは出来ずに、単なる善意に対するお礼ならいいなどと隠れるようにしてやっていた行為なのだが。  整体などと標榜する所で施術してもらった人がやってくることがある。僕は興味があるから結構細かく尋ねるのだが、どうも恐る恐るの治療のような気がする。恐らく医療ミスなどに対応できる保険に入っていないのではないか。もしそれに入れるようなら世間に認知されていることになるのだが。それはさておき、悲鳴を上げてのたうち回りながら指圧をしてもらった人間にはどう見たって効きそうに感じられない。今日久しぶりに尋ねてきた彼は、免許なしで開業しているだろう多くのその類の話をした後、少しだけ開業しなかった未練を口に出した。僕としてはいつまでも史上最強の正統派素人でいて欲しいのだが。