悠々

 おおらかなものだ。悠々としているとはこのことか。言葉も態度もしっかりしているから若くは見えるけれど、ひょっとしたら90歳に手が届いているのかもしれない。祝日の今日、薬局が開いているかどうか電話で確かめてからやって来た。 水虫の薬がいると言うことで来たのだが、何となく話がかみ合わない。患部を見せてとお願いすると上着を脱ぎ始めた。そしてシャツをまくり上げて見せてくれたのだが、ひたすら皮膚が乾燥しているだけで白癬特有の症状はない。この薬でいいのと尋ねたら、この薬でないと効かないと言う。尚尋ねる僕に経緯を教えてくれたのだが、要は水虫薬の中に入っているかゆみ止めの成分を利用しているだけなのだ。病院でもらっている薬が効かないから自分で見つけたと言っていた。  偶然町の健診に出かけてみたら、肺ガンが見つかった。その治療中だと言うのだが至って元気だ。何処かつらい症状があるのと尋ねたら、検査が辛かったのと、背中が痒いことだけだと言う。元の病気に対しては何の不快症状もないらしい。今度の薬に代えてから痛みがスッと消えるから、副作用で痒いことだけが辛いと言うのだ。飲めばスッと効く抗ガン剤という表現が面白かったが、偶然居合わせた警察官もにこやかな表情で老人の話を聞いていた。薬の副作用の痒みに関して、当然水虫薬をつけるのは正しくない。ただ、正しくないけれど正しい。要は教科書通りではなく老人が夜痒みから解放されてぐっすり眠れればいいのだから。僕はここで正論は言わない。「良かったですね、効く薬があって」これだけだ。3年前までヘビースモーカーだったのだから、肺ガンは本望だろう。60年も70年も煙草を吸い続けられるのは余程元気な証拠だ。僕など足元にも及ばない。15年で脱落したのだから。笑顔を常にたやさずかくしゃくと応対する年輪に鋸を入れる権利は誰にもない。ひょっとしたらこの方は肺ガンでは亡くならないのではないかと思った。  悠々は僕などとても手にすることのできない一つの能力なんだと知らされた。