辞退

 ほど遠い人に上げてももったいないので「ほど遠いなら辞退してよ」と言いながら、皆さんにはコーヒーやお茶と一緒に差し上げた。ところが結局は誰一人として辞退した人はいなかった。図々しいと言うか、身の程知らずというか、冗談を素直に楽しんでくれると言うか、僕はやはりそんな薬局の雰囲気が好きだ。その雰囲気こそが僕の薬局の一番の宝物だ。 東大医学部に合格した子のお母さんが、入学式に出席してそのお土産に「東大クッキー」?「東大せんべい」?なるものを買ってきてくれた。ただ我が家で食べてしまうのはもったいないから、薬局に来る人達に食べてもらうことにした。出来ることなら二度と口に入らないようなものだから、受験を控えたお子さんやお孫さんがいる方を選んで差し上げることにした。飲み物と一緒に出すときに手に入った経過を説明して先ほどの「ほど遠いならもったいないから辞退してよ」を必ず添えた。全員が「いやいや、うちの子なんかほど遠いわ」と言いながらそれでも全員がおいしそうに食べた。それも全員が笑顔でおいしそうに。この謙遜でないところがいい。確かに全員がほど遠いのだ。ほど遠いのも地球の裏側くらいほど遠い。東大に行くよりブラジルに歩いていく方が可能性があるくらいだ。 こんな田舎でそこまで優秀なものは出ない。彼だってよその街からわざわざ来てくれているのだから。何事も分母に比例するのが自然だ。小さな分母では傑出した人も物も出ない。ただ、それでいいのだ。東大医学部にいけなくたって以下のような傑作なリアクションが帰ってくる。  漢方薬のセールスの男性は独身だ。結婚しているのかと思ってクッキーを出したのだが、出してから独身だと分かった。だから辞退しろと言ったのだが、彼は自分が食べて将来の子供の肥やしにすると言っていた。その頃まで遺伝子の中に残っていてくれればいいのだが。今度福岡に転勤になるそうで、福岡の女性は素敵な人が多いから、あちらで相手を見つけますと言っていた。だけど博多ラーメンでは東大医学部にはいけないだろう。  ある女性は、せんべいを差し上げたら相撲取りが懸賞金をもらうような仕草をして「御利益、御利益」と繰り返していた。もうこうなれば僕の薬と同じで、祈れくすれだ。実力もへったくれもない、あるのは神頼みだけ。そんな即興が又楽しい。  交換神経を目一杯緊張させて暮らしている現代人に一瞬の息抜きは薬以上に薬になる。クッキーもせんべいも「励み」より「嫌み」になったかな。