背中

 「俺を、なんと思っとんや」と聞かれたから「悪人だと思っている」と答えた。  真っ昼間から酒の臭いをさせて真っ赤な顔をして処方箋を持ってくる。歩いてくる距離ではないが、車で来てよい道理はない。車大好き人間だったが、年齢と共に、いや収入と共に段々車が小さくなり、汚れて錆まで見えるようになった。一人で暮らしているときは結構優しいところもあったのだが、結婚を機に人格が変わってしまった。よい方に変わったのなら良かったのだがどう見てもその逆で、元々孤立しやすい人が、輪をかけたくらい孤立した。人はそうなると閉じこもるか、粋がるしかない。彼の場合、昼間から酒の臭いをさせて粋がっているのかもしれないが、飲んでいる薬が正直に現状を伝える。3種類の安定剤を飲んで粋がっても迫力はない。その中の一つでも欠ければ眠れないし、食欲も出ない。情けないくらい精神は細やかなのだ。落ちぶれを何かでうち消さなければ精神の安定が保たれないのだろう。助けてくれと言えない分孤立無援が深まる。  結婚はこのように不幸への特急列車になることもしばしばだ。だから多くの人が二の足を踏むのも当たり前だ。必ずしもバラ色の世界を約束できないなら、いや寧ろ地獄を見せられるくらいなら、乗車券を買う必要もない。目的地に向かうなら歩いてでも行けるし、バイクに電車、果てはジェット機まである。途中下車もパラシュートも安全装置としては機能するが、完全ではない。旅は道連れなのか、一人旅なのか、誰かに指図される筋合いのものでもない。ただ道中が楽しくて想い出深いものであればいいのだ。道標に導かれようと、自分で切り開こうと、時は背中からはやっては来ない。