名前

 相談に来られた女性が名前の欄に「トキ」と書かれたので、絶滅した朱鷺(トキ)にあやかってつけたのでしょうかねと尋ねたら、残念ながらそうではなかった。それはそうだろう、その方が生まれた戦前だったら別にトキは珍しいものではなく、日常的に目にした光景のはずだ。こんな発想は単なる現代人のロマンでしかない。 ちょっとしたロマンをうち砕くような名前の由来をご主人が教えてくれた。「あの頃は今と違って名前なんかそんなに凝っていないから適当につけたんだわ。ウメじゃ、ヨシじゃ、カタカナで簡単にすませたんだわ。逆に今となっては、子を最後につけていないからハイカラに聞こえるけれど」奥さんは傍で顔を赤らめて聞いていた。相談内容の自律神経失調そのもののせいもあるのだろうが、次に来る説明を恐らく予想していたのだろう。「嫁は3姉妹で、お姉さんがカツ、妹がマツなんですわ。続けるとカツトキマツで、勝つとき待つ、すなわち戦争で勝つ時を待っているという意味なんじゃ」ご主人の説明に奥さんも頷いて聞いているから勿論作り話ではない。明治生まれの父親が戦争中にどんな気持ちでこの3部作を作ったのか分からないが、庶民の当時の切ない気持ちが伝わってくる。この3部作の願いがうち砕かれたからか、お父さんは終戦後3年で亡くなったらしい。  次のお子さんが出来ていたらどういう名前で続けていただろうかとか、敗戦を知ったときどの様な気持ちだったのか尋ねてみたい気はしたが、余りにも単純に気持ちを表しているが故に、茶化してはいけないような気がして止めた。少なくともお父さんにとっては我が子が生まれることより国の行く末の方が大問題だったのだ。  幸いにも今は何よりも優先して我が子のことを大切に出来る時代になった。我が子と国と両極端なような気がするが、せめて半径数キロメートルくらいは大切に出来る日々でありたい。