需要

 それはそうだろうと、素人でも頷ける。ウツ病の患者が初めて100万人を越え、この10年足らずのうちに2.4倍に急増していることが分かったって記事を読んでの感想だ。ウツ病の患者が急に増えだしたのは、新しいタイプの抗ウツ薬(ルボックスなど)が発売されてからなのだ。薬が発売されたことをきっかけに何故患者が増えるのだろう。確かに現代は長引く不況だし、内科でも抗ウツ薬を気軽に出せれるようになったから、対象者が増えるか、発掘されやすくなったと言えなくもない。ただ、記事の中で精神科医の冨高先生が述べているように、軽症のウツは自然に治るものが多いのに、日本ではウツを早く発見し薬を飲めば治るという流れが続いていて、本来必要のない人までが薬物治療を受けている面があるのではないかと言うのだ。  処方箋を持ってきた人に抗ウツ薬が出ていても、薬局が何ら介入できる余地はない。間違いのないように飲んでもらうことに精力を費やす。効果が出るかどうかはほとんど責任の範囲外だ。効果が出て処方箋を持ってこなくなればそれは喜ばしいが、往々にして長い間飲むことになる。どう見ても単なる落ち込みのように見えても、ウツの薬が出ているから病気なんだと理解して、あたらずさわらずの会話を心がける。下手に喋ってお医者さんの治療を妨害してはいけないし、患者さんの気分を害してもいけない。手数料だけ頂いて後は知らんぷりのような割り切れ無さが残るが、制度上やむを得ない。  同じような人が漢方薬を求めてやったときは全く対応の仕方が異なる。まず薬剤師は診断できないから、鬱病なんてのは頭に浮かばない。鬱々として心が落ち込んでいるだけ。そんなこと人生でしばしばだなんてところから出発するから、話が深刻でない。相談に来る人は真面目一点張りの方が多いから、まず真面目になんか話さない。普通使っている品のない言葉で、普通使っている心の引き出しを覗く。自分が如何に異常でないかが分かれば、余り難しい薬は必要なくなる。異常でない自分を求めることこそが異常で、ほとんどの人は至るところに異常をはらんでいて、不完全な毎日を過ごしている。若さとか、精神力とか、愛溢れる人間関係とかで帳消しに出来るほど幸運は授かってはいない。ほんのちょっとの幸運を使い果たすことはしばしばだ。そんな時、心が鬱々とするのは当たり前だ。そんな鬱々にひょっとしたら薬が出されているのではないかと、先生も危惧されているのではないだろうか。  素人の考えも時に本質を突くことがある。2、4倍のからくりはひょっとしたら常日頃全ての薬で感じている僕の懸念「需要が薬を作るのではなく、薬が需要を作り出す」と言うものに当たってはいないだろうか。