回転

 まあ、器用に4本の足をもつれさせずに走るものだ。  早朝、まず人が来ないからテニスコートの中でミニチュアダックスの首輪をはずして自由にしてやった。さしずめ、もぐりのドッグランだ。犬でも解放されると嬉しそうで、一瞬いいのかなと言う顔をしたがすぐに走り回り始めた。足が極端に短く、長い胴体がすぐ地面の上にあるから何とも美しくない走りっぷりだが、それでも足の回転はやたら速い。どの様にして生まれた犬種かよく分からないが、小さな体でもとても追いつけないくらい足は速い。室内犬にしておくにはもったいないくらいの速さだ。遠くから見ていて、あの速い回転の4つの足がよくもつれないものだと感心する。僕なんか二本の足でも時にはもつれて転びそうになるのに。どの様に覚えたのか知らないが上手いものだ。  まるで姉のような存在だった雑種のクリが死んで2ヶ月になる。さすがにもう寂しそうな感じはなくなったが、今でも大きな声で「クリ」と呼ぶと、ずっとクリがいた辺りを見る。記憶にしっかりと刻まれているのだろうか。犬語が分かれば尋ねてみたい。  そのモコ(ミニチュアダックス)は毎晩僕と一緒に寝るようになった。クリが死んでから寂しそうだったので夜鎖を解いてやると僕の布団に入ってきた。それ以後習慣になったのか毎晩僕の布団の中で寝ている。僕が寝るのが遅いのでどちらかというと僕がモコの布団の中に潜り込んで寝ているようなものだ。冷たい布団を温めていてくれるから最近は有り難い。夜中も体温を感じて、何となく昔子供達と寝ていた頃の感触を思い出す。寝返りを打って押しつぶしてはいけないと用心しながら硬直したように寝るのも同じだ。子供よりもっと小さいから結構用心している。全く安心しきって密着して寝るのだから実際は危険だし怖いのだが、まあ、モコの精神状態のためならいいかと自分に言い聞かせている。なんて強がりを言っているが実際は僕の精神状態にとっていいのかもしれない。バレーボールを止めてから、涙が出るくらい笑うこともなくなったし、1分に1回、お互いの失敗をネタに2時間笑い続けることもなくなった。全身の筋肉が一瞬にして緩むあの至福の瞬間がめっぽう減ってしまった。それに反比例して緊張の連続だ。肩を怒らし何をそんなに頑張っているのかと思うが、染みついたものは落とせない。  足をもつれさせずに走る小型犬の姿に感動するくらい、僕の人生がもつれてきたのだろうか。単純に生きてきたはずなのに、不釣り合いに何か人の役に立ちたいなどと不遜なことが時々脳裏に浮かんだりする。報酬を期待せずにひたすら役に立てたらどれだけ心が安らぐだろうとか、似つかわしくない想いが浮かんだりする。せめてこれからはと人並みに思ったりする。過ごしてきた生き方ともつれきってほぐせないような将来が浮かんできたりする。混乱。モコに足の運びを学びたい。