重婚

 食卓の上にコンビニ弁当とカップヌードルみたいな容器に入ったアサリのみそ汁が置いてあった。妻が勉強会に出席するから僕のために買っておいてくれたものだが、僕にとっては月に1回の楽しみの一つだ。恐らく食品メーカーの社員が多くの知恵を絞って作り出した献立だから、並の家庭の主婦の料理よりは格段に上手だと思う。僕は毎日でも食べたいくらいだがそうはいかないのだろう。味の濃さと防腐剤、香辛料、着色剤など考慮しなければならない障害が残念ながら毎日食卓というのを拒んでいる。でも確かに内容はどんどん良くなり、とにかく美味しい。 さて、僕の興味をよりひいたのはみそ汁の方だ。アサリと書いているから当然アサリが入っているのだろうとは思うが、まさか貝殻付きとは思わなかった。どうせフリーズドドライくらいなものを想像していたのだが、もろそのものが入っているのには驚いた。真空のように見えたがそれだけで鮮度と安全性をクリアするものかどうか。でもそんな懸念は一瞬にして払拭された。熱湯を注いで出来上がったみそ汁のまさに本物らしさに完敗した。最初にも書いたが、多くの優秀な人達によって発案され研究されて出来上がったものなのだろうが、いやはや大したものだ。これ又主婦が脱帽しそうだ。砂を吐き出させるところから手間暇かけて食卓に上らせても、頂きますとも言わずに一瞬にして胃袋の中に消えてしまうのでは料理人は報われない。コンビニと結婚しろとでも言いたくなるだろう。いやいや、もうすでに多くの人が、男性女性問わずにコンビニを初めとする「便利」と結婚している。それもかなり質の悪い重婚だ。コンビニはもとより、コインランドリー、多くの外食産業などなど。現代は煩わしい人間関係を避けて、物とか機関に繋がっていればおよそのことはクリアできる。反発も説教もない真空の中でこそゆっくりとした呼吸が行われる。読めない空気こそに息が詰まるのだ。およそ逆転した価値観の中で人は、大きく口を開けたアサリになった。