門前払い

 光栄だが、僕みたいな現場だけで通用する漢方薬は、他の方、特に東大病院の先生なんかには全く役に立たない。何ら統計的な裏付けがなく、僕の勘と経験だけで飲んでもらっているのだから、応用しようがない。特に病院治療にはかなり高度なデータが求められるので、そもそも入り口から失格で門前払いを食ってしかるべきものだ。7年くらい通って治療をしている方が、偶然僕の漢方で改善したから、お医者さんが何を飲んだのか教えて欲しいと言ったらしいが、どうみてもお愛想の域を出ないだろう。偶然の産物など意に介するはずがないから。難治性の病気が、病名を無視して体質だけ強くしようと思って出した漢方薬が奏功した良くある話だ。普遍性を持っていないから、一時だけ僕も喜ぶことにしているが、その処方がよく効いたからと言って、同病の他者に出して効く保証なんてまるでないのだ。 それよりも立派なのはお母さんだ。東京に住むお子さんが50歳前だから、もう70歳は越えているだろう。遠くからわざわざ車を運転して漢方薬を取りに来る。お子さんの症状の変化をなるべく漏らさないようにと、詳しく教えてくれる。薬を真面目に飲んでいるかも郵送日でちゃんと確認している。依頼された処方名を書いて渡したが、病名とは全く関係ない効能が羅列してあるのを見て驚いていた。漢方薬が病名治療になってしまい、体質とは離れたところで飲まれ出して、正しい使い方が出来る人が極端に少なくなっている。漢方薬は最早陳列され売られるものになっている。僕が間違ってこの処方を使っているのではないのですよとお母さんに説明すると良く理解してくれて、もう息子には効能書きを送らないと言っていた。息子さんが送られてきた効能書きを読んで飲まなくなったら困るというのだ。最初にもらった成分表だけでいいという。とても懸命な判断をしてくれたと思う。甘草が入っているという理由だけで漢方薬を飲まなかった人もいるくらいだから。かなり確率の低い副作用でしかないと思うのだが、飲めば必ず副作用が起こるとネットで調べて思いこんだのだろう。哀れだったが僕に手はない。情報、あるいは実力の末席辺りに僕などはいるのだから。 田舎の薬局で良かったとつくづく思う。何ら高尚な話をしなくても漢方薬を飲んでくれるのだから。都会に比べて、経済で負けて、人脈で負けて、知識で負けて・・・顔で勝った。