漁師

 岸壁から出航する船に向かって深く頭を下げ続ける家族達。仲間の捜索に母港を出ていく船だろう。悲惨な海難事故の時に見かける光景だ。本当は自分たちが駆けつけたいだろうに、乗るべき船は転覆、あるいは沈没している。僚船に頼まざるを得ない。 瀬戸内海は外洋みたいに海が荒くはないが、時々は漁師の事故もある。漁師同志今は無線や携帯電話が普及しているから、お互い良く連絡を取り合っているみたいだ。孤独な海の上だから人恋しいのか、あるいは危険と隣り合わせだから身の安全を連絡し合っているのか。部外者だから分からないが、良く連絡し合っていることは薬局に来る漁師達や家族の会話から分かる。 以前こんな話を聞いたことがある。海で遭難したら捜索は無料だ。仲間が仕事を休んで全員捜索に出る。山岳とは異なるというのだ。教えてくれた人が最近酒に溺れ浮浪者並みの生活をしているから、今となってはちょっと信頼性に欠けるような気がするが、教えてくれた当時はこの町のイベントをリードするような人だったからあながち嘘とも思えない。海の仲間の絆を強調する話の中で語られた言葉だが、妙に納得できる内容だった。それだけ絆は強いのだろうが、話し下手が多い中、お互いどんな会話をしているのだろうと興味が湧く。家族に言わせればつまらない話だと言うが、そのつまらない話が幼い頃僕らを育ててくれた。我が家に泊まりに来た関東の女性が、僕と電話で話したとき怖かったと言ったのは、僕が漁師言葉を使ったりするからだろう。主語がない、述語だけで展開する難解な言葉だ。 僅か4畳半、高さ1m60cm。揺れる暗闇の中で何を喋ったのだろう。口べたな大風呂敷が緊張を解いたのだろうか。一生分おしゃべりをしたのだろうか。奇跡の生還を果たした英雄は絆だけでは救えなかった仲間のことを思い口をつぐむのだろうか。人が苦手な人好きの漁師達は、それでも又海に出る。