ヘチマ水

 例年なら今頃は、調剤室に一升瓶を何本も並べ朝から飲んだくれて・・・・はいない。調剤室に一升瓶が所狭しと並ぶのは事実なのだが、中身は残念ながらヘチマ水だ。皆さんがヘチマの水をとってきて、それを僕が化粧品に変身させる。田舎の薬局の風物詩だ。父の代から受け継いで僕ももう30年作り続けている。ファンも多く皆さんとても楽しみにしている季節だ。自然志向も手伝って、年と共に作る量が増えていた。もっとも材料は大したものでないから、自然志向と言ってもとても経済的で、1升が2000円くらいだ。大手化粧品会社の1升の化粧水を買ったらどのくらいするのか分からないが、数万円はするのではないか。そんな庶民のささやかな楽しみが奪われそうになった。 昨年、県の薬務課で働いている僕の同級生がやってきて、化粧品の法律か何かに違反しているから作らないようにと言われた。同級生だからやんわりと教えてくれたのだが、化粧品会社並の設備投資をすれば許可が下りるらしい。勿論それは莫大なお金がいるし、ヘチマ水をつくってあげても、試験管数本買えば終わりくらいの利益しかないので、要は止めろと言うことだ。父の代からすると半世紀以上、日本中の薬局がちょっとした楽しみを提供していたのに、いつの間にか法律違反になったらしい。国民を保護したのか、どこか別のところを保護したのか分からないが、いとも簡単な作業でさえそれこそいとも簡単に許されなくなった。  ヘチマ水に薬品を混ぜて濾過すれば出来上がる。薬品を調合するのは薬局だから違法ではないらしいのだが、最後に濾過してあげるとだめならしい。家で濾過するのは合法らしいから、皆さんには僕が使っている目の細かい濾紙を差し上げている。重いのに一杯1升瓶を持ってきた人に又持って帰って頂くのは気が引けるが、法律違反なら仕方がない。理由を言って家で挑戦してもらっている。医院の前で調剤するのも、ヘチマ化粧水を作るのも同じ薬剤師の仕事で良いのではないかと思うのだが、昔ながらの薬局は分が悪い。国民保険という税金で食っているのではなく、自分で稼いで結構地域の役に立っていると思うのだが。規制という名の誰かさんを守る都合がまかり通らないことを願う。田舎のお年寄りの美くしさを奪わないで。