心臓マッサージ

 ああ、なんて可愛いのだろうと思う。でもそれは僕の子供達ではない。巷で遭遇する家族のようにいつも一緒におれたら、それはそれで幸せなのだろうとも思う。ただそれはきっと息子夫婦には息苦しいだろう。だから僕は全くその様な選択肢を一度も考えたことがない。どこかで幸せに暮らしてくれていたらそれだけでいい。今日はちょっとだけほっぺに触らせてもらって、手も握った。そっと脚にも触ってみたが、肉付きの良い太い足をしていた。それだけで幸せだ。  いつか心臓マッサージを教えてもらいたかったから、食卓の上に僕の手を載せ、どのくらいの力で押せばいいのか教えてと言ったら、痛いよと言うのでそれは止めた。僕の手ではなく直接食卓に対して実演して見せてくれたが、我が家の古い食卓がベシッと音を立てた。そんなに強く押すのと言ったら、あばら骨の中の心臓を復活するのだから折れるくらいの力で押さなければならないらしい。実際に折れるらしい。毎週僕が通っているところは老人が多くて、いつか手技が必要になるのではとずっと思っていたので、やっと懸案が解決した。  僕は息子ほど命に直結した職業ではないが、多くの疑似兄弟や子供達がいる。それなりにってくらいしか言えないが、前途を悲観している人達が、ちょとだけ前向きになり新しい歩みを始めてくれるきっかけになってくれれば嬉しいのだ。田舎の薬剤師には身に余る光栄なのだ。失意の中で受け継いだ薬局だったが、今となってはもっとも意味のあるスタートだったと思う。