音響

 以前利用していた楽器店が、軒並み潰れたような気がする。今僕の行動範囲で楽器などを買うことが出来るのは、岡山市の繁華街にある、それも有名なシンフォニーホールの中にある楽器店だけだ。そこはヤマハの教室などもやっていて、バックボーンがしっかりしているのか、あるいは音楽人口でも減って余所が自滅したのか分からないが、しっかりと繁盛しているように見える。余所の店が無くなったのだから客が集中するのは当たり前だが、選別された理由も僕ら素人には見えないがきっとあるのだろう。 フィリピンの青年がギターを練習したいと言うから、僕の古いギターに新しい弦を張ってあげようと早速直行した。店に入るとギター売り場でライブをやっていた。白髪で恰幅のいい男性が張りのある良い声で歌っていた。椅子が10席ほど用意されていたが、2人が腰掛けて聴いていた。歌詞や歌の間のトークで青春時代の恋の想い出について歌っているらしかったのだが、正直他人の僕にはどうでも良かった。どうやら観客の一人は同じバンドのドラマーらしいのだが、今日は予想に反してと・・・聴衆の少なさを残念がっていたが、僕はその度胸は大したものだと尊敬せざるを得なかった。まず僕だったらやめている。1対1では歌えない。団塊世代の強かさを思った。  ギター売り場でのライブだから、弦やバンドを捜していた僕には全てかぶり付きのように彼の歌が聞こえる。勿論数メートル離れたところをうろうろしていたわけだから当たり前だが。予定通りミディアムの弦を選んでレジの所に持っていったが、何故か男性の堅い響きのギターの音色が気になった。とっても良い音がするのだ。何年ぶりかに聴く硬質のアコースティックギターの音が懐かしいし心地よかった。もう一度ギター売り場の所に帰って、若い男性スタッフに「僕は今これを選んだのだけれど、あの男性のギターの音がすごく良くて同じようなのを買いたいんだけれど」と恥も外聞もなく尋ねた。恐らく若い時ならこんなことは屈辱的で口にも出さなかっただろうが、歳をとると無防備になって不思議な自由を手に入れる。若い店員は笑顔で「今日の音響は立派なのを使っていますから、幅のある音を拾えるんですよ。だからこの弦で良いですよ」と教えてくれた。ギターが高価なものだとか、テクニックが上手いからなどと返答されたら返す言葉もなかっただろうが、これなら僕でもと勇気が出る。ついでにあの張りのある良い声も音響のおかげかなどと、内心ほっとして意気揚々とミディアムをレジに持っていった。  毎週30人くらいの前で歌っているが、勿論聴かせるためではなく、一緒に歌うためだ。今日はタガログ語の歌に初挑戦したが、フィリピン人達の笑顔一杯の合唱が下手なギターを補ってくれた。女性達の極端に上手な歌はもちろんだが、音程のずれを意に介さない男性達のおおらかさもなかなかなものだ。音響の手助けはないが心に響く力は負けてはいないかもしれない。