ボブ・ディラン

 日本人で彼と比べられる人なんていない。だから彼を知らない人にとってどう説明して良いのか分からない。その彼が、警察官に職務質問をされたらしい。今はどの様な顔をしてどの様な格好をしているのか分からないが、少なくとも彼も又歳月を僕が頭の中に植え付けている容貌から30年を加えなければならないだろう。ひょっとしたら、彼を慕っていた人達でさえ、すれ違っても気がつかないかもしれない。人は壮年期を長く過ごし、一気に老年期に入るものだから、彼がその線を越えてしまったら分かりにくいかもしれない。もっとも、彼の存在自体を元々知らない人にとっては、面と向かっても分からない。若い警察官が職務質問をしたのも当たり前だ。ただ、彼ほどの人物でも今だ職務質問を受けるような風貌であることが嬉しい。ノーベル文学賞の候補に挙がったなんて事も聞いていたから。 僕は余り行動的でなくうろうろしないから、浪人時代に1度職務質問を受けて以来その経験はない。それよりも寧ろ無視される方が多いかもしれない。必要に迫られてたまには買い物に行くが、店員さんに近寄られてものを勧められたこともない。折角車を買おうと思って入ったときも誰も相手にしてくれなかったから、こちらから声をかけて売ってもらった。もっとも、1台の車を15年くらい乗るのだから、余りうまみがある客ではないのだが。車ですらそうだから、ほとんどの買い物で気持ちの良い応対を受けたことがない。せめてこんな時くらいと思うのだが、店員さんに見る目があるのか、ほとんど無視だ。おかげでゆっくり出来て、無駄な買い物だけはしなくてすむ・・・と居直っている。  多くのメッセージを歌に託されて、僕らは倦怠を切り裂いて暮らしていた。答えは風の音の中に聞こえると耳を澄ましたが、木の枝を揺らし、電線を揺らす音以外は聞こえなかった。持たないものばかりが多かった時代に、レコードの針から勿論幸せが降ってくるとは思わなかった。ただ、しわがれた彼の声に今日という日を病床から立ち上がらせてみたかっただけだ。  彼の名はボブ・ディラン