肉汁

 ほんのちょっとだけ照れるような言い方だったが、一瞬の間に僕はすぐ予想がついていた。案の定秋に結婚が決まったと教えてくれた。反射的におめでとうと言ったのは、彼女だからで、僕はそんなに素直に結婚に対しておめでとうというタイプではない。 まだ完全ではないけれど、もう踏ん切りを付けてもいい状態にはなっているのだろう。もう一つの不調もやっとこの所調子が良くなった。間に合ったというのが僕の実感だ。僕はただ、過敏性腸症候群が結婚の障壁だとは全く思っていない。若干の不調は持っていた方がおおむね謙遜だし、他人を思いやることも出来る。健康すぎる人の横暴な立ち居振る舞いよりは遙かに気持ちがいい。一見マイナス要因のようではあるが大いなる長所だ。さすがに実利的な有用性はないかも知れないが、染みついた臆病は攻撃的なスタンスをとるにはあまりにも不向きだから。  結婚も、進学も、就職も、やりたければすればいい。判断基準はやりたい気持ちだけだ。決して出来ない理由にお腹を挙げてはいけない。お腹に全部を押しつけて本心を逃げ隠れさせてはいけない。正直な希望を口に出せば援軍は自分の中にも外にも現れる。正直に自分を晒せば正直な援軍が現れる。自分をオブラートで包めば、当たり障りのない居心地の良さそうな解決のない避難所しか用意されない。お腹のことで捨てるほど人生は無意味ではない。喜怒哀楽をミンチにして鉄板の上で焼いてみれば、人生を腹一杯食ってみろと肉汁が誘う。