米原

 僕が20歳過ぎに作った唄をいまだ歌ってくれている人がいて、その人が正式な歌詞を送ってと言ったので、古い音楽ノートをとりだしてみた。表紙は破れて、紙は茶色に完全に変質していて、何をこぼしたのか、大きなシミがノートの半分にも広がっていた。当時、何も持っていなかったが、青春の証としてこのノートだけは岐阜から持って帰った。未だ捨てることが出来ない。これを捨てればあの頃の全部を否定してしまうような気がするから。臆病だけれど、未熟な正義感をまとって懸命に落ちこぼれていた。居心地の悪い倦怠をまとって落ちこぼれていた。そんな頃、大雪で立ち往生した米原駅あたりの電車の中で頭に浮かんだ詩とメロディーをアパートに着いてすぐ書いたものだ。

冬の風に ロングスカートを もてあそばれて 女が一人プラットホームに立っている やつれた顔で曇り空を見上げている 頬を伝う涙さえも 凍り付いているみたい 一人旅は 恋に破れた女の子守歌 堅いちぎりは心の傷跡 もう恋などしないだろう

今にも雪が琵琶湖を越えて降ってきそう 女は凍えた手に白い息を空しく吐きかける 遠く聞こえる汽笛はきっと貨物列車 北国行きの汽車はまだまだ来そうにないよ 冷たく延びたレールの向こうに君を慰める 優しい町の優しい人が君に見えるかい おお、ここは米原 誰もが一度降り立ち 昨日までの想い出を風の中に捨てる町

二年前に東に向いて 僕はここに立っていた 何かが出来る予感を胸に コートの下で震えていた 頭の中を空っぽにして 身体すり減らし 足跡さへ残らない 日々を暮らしてきた 別れの涙を流してくれる人もいない 僕は今西に向いて ホームに立っている

早い黄昏が山の駅にやってきたとき 北国行きの汽車の中に 女は消えていった いつかきっとあの人も 再びここに降り立ち 変わらぬ町に慰められる そんな自分を見るだろう 僕は下りの電車に飛び乗り 窓に映る 女と僕の影を重ねて 煙草に火をつける

おお、ここは米原 誰もが一度降り立ち 昨日までの想い出を風の中に捨てる町