母子同服

 初めてこのお母さんがやってきたのは、お嬢さんの相談に来たときだ。親子で僕の前で泣いていた。高校を中退した後、アルバイトくらいは出来ていたらしいが、静かなところはじっとして留まることが出来ないし、他人とは車に乗れない。行動は著しく制限され、青春の中にいて青春を知らなかった。そんな出口のない子供をじっと耐えて見まもってきたのか、まだ老け込む年齢ではないお母さんだが、精気はなかった。  あれから2年、今でも時々娘に頼まれて漢方薬を取りに来るが、「先生、先生」と、まるで距離感のない大きな声でニコニコしながら喋る。僕の方が圧倒されそうだ。「先生のおかげです」と言うが、本当にそう思っているのかどうか疑わしい。簡単に状況を話したら急いで出ていく。特別いいおうちの奥さんのようには見えないが、外車で職場に行く前に娘のために往復1時間を費やす。最初僕より年上に見えていたお母さんだが、今はかなり年下に見える。  娘に今できないことは何もない。薬は必要ないから完治宣言をしろと言うが、お守りにいるらしい。お守りならいいかと僕も渡している。娘の復調に従って母親も段々元気になった。二人は並行して良くなった。親にとって子供は宝だ。何歳になっても同じだ。自分の命より大切なものは子供しかない。青春を、下手をすると人生までも失いかけていた娘が、みんなに追いついたのだからそれは嬉しいだろう。気持ちは痛いほど良く分かる。お母さんも恐らく何年ぶりかに本来の自分を取り戻したのではないか。堪え忍んだ数年だったのではないか。お嬢さんの幸せそうな顔を見るのも嬉しいし、お母さんの明るい表情に接するのも嬉しい。  漢方薬には母子同服と言う言葉があるが、まさにそれに近いことが出来た。本来母子同服とは、母親にも子供にもそれぞれ薬を出すのだが、今回のケースは子の復調が母親にとって最高の薬になった。現代では親の必死の願いを必ず見れるとは限らないが、まだまだ失われていない本能に気づかされる復活母ちゃんだった。